研究員ブログ鮫島慶太

第6回女子教育研究会FEN 2/25(土)オンラインイベント 「良妻賢母と女子学生の制服から見る、性別規範と女性のキャリア」

レフチェックサポート株式会社 代表取締役 板敷香子さんよりご発表を頂きました。

女子学生の制服から、性別規範・女子のキャリアの問題を考えるという非常に興味深いテーマでお話を頂きました。

女子の制服にスラックスを導入する学校も増えています。ジェンダーの観点から望ましい流れだと漠然と感じている人も私を含めて多いのではないでしょうか?

もちろん、多様性に向けた変化は歓迎すべきものであることは間違いないと思いますが、女子の制服の歴史や役割を考察する板敷さんの研究から、私たちは多くの学びのキッカケを得ることが出来ました。以下、概要をまとめておきます。

○ 板敷さんが研究を始めた出発点
・女子校の伝統を土台にした教育を受けながら、「機会均等法施行」など「男女平等」という「新しい時代」が叫ばれる「ねじれた状況」に生きたご経験が出発点。女子の活躍する未来が来ると思われたが、当時から30年近く経った今も、大きなジェンダー課題を抱え続ける日本の現状に大きな疑問を感じ、研究することとなった。

・性別規範など、目に見えない、見える化されていない課題を扱う研究では、統計的な手法が無力である場合が少なくない。無意識が生む課題は定量化困難で、扱うことすら難しい。そこで、「解釈主義の立場による研究」により、「見えていなかったものを浮かび上がらせるための調査を行った。Dr Natasa Lackovic の下で研究を継続している。

★鮫島私見:性別規範に限らず、周縁化された人達の調査は「見える化させるための調査」がまず必要という板敷さんの言葉には、ドキリとさせられることが多くあった。「見えないけれどもそこにあるもの」を私たちはどれほど意識出来ているだろうか?目に見えないけれどもそこにあるものによって、私たちは苦しんだり、助けられたりもしているのだと思うと、定量的なアプローチがもてはやされる時代の中で、それはそれとして新たに学びながらも、万能なものと盲信しない姿勢も重要であることを感じた。
 
・制服と女子学生のキャリア志向の関係を探るための予備研究から、良妻賢母の再生産を研究した。

① 企業に行くと最初に出会うのは制服を着た女性:組織の顔
② 日本の組織で決定権ある人達はスーツを身につけた権威的な男性

→ ①②の間にあるものは何か?

③ 日本の女性はいつから制服を着ることになるのか?
→ 中学生。小学校までは自由、思春期に毎日制服スカートになる。
※ 「セーラー服を脱がさないで」=共学中学では歌われたが、女子高校では歌われなかった。
  「仮面舞踏会」=女子高校内では歌われたが、文化祭など外部発表では歌われなかった。

→ この違いは何なのか?

④ 広告代理店が商品化する「女子高生」
→ マスキュリンカルチャー内の女子高生というファンタジー
→ 結果、消費される「女子の制服」
→ マスキュリニティが産んだ「カワイイ」アニメ、コスプレ
→ 日本の男らしさは「カワイイ」によって保たれている。男らしさを際出させるための「カワイイ」の存在意義。
→ 日本の学校制服=世界で認識される文化的シンボルに昇華
  男子校の文化祭での女装ダンスなど→女子を不快にするという意識はないのは何故なのか?

⑤ 一方、リアル生活、学校での制服
・2021 1000校ジェンダーレス制服の採用。女子生徒のためというより、トランスジェンダーへの配慮ではないか?
・一方で伝統を守るために導入をしない学校も多い

→「スラックス制服はトランスジェンダーに配慮」という意味だけなのか?
 ジェンダーレスは女性としてのセルフアイデンティティにとって良いものなのか?
 思春期にジェンダーを「見えないもの化」するという意図を内在化したら、女性としてのアイデンティティ確立に苦しむのではないだろうか?
→ 女性が女子であることを否定して生きてきたことを気づくこともある。
→ スラックス導入も女子学生のエンパワーメントを目指したものでなければ意味が無いのでは?

⑥ ブルデューの文化資本とハビトゥス
・文化資本:集団が支配的であり続けたり地位を獲得するための手段として機能
→ 文化資本としての良妻賢母
・ハビトゥス:行動を方向付ける条件付け。社会変化に対応し変容しながら再生産に導く作用がある。
→ 制服がハビトゥスとして良妻賢母を文化資本として再生産

⑦ 良妻賢母のコンセプト
・儒教ではなく、日韓で近代に作られた人工的なイデオロギー
・日本では殖産興業用人材育成のために学校教育、国策としての教育(占領下朝鮮でも教育)
・女性に役割が与えられた喜びという側面、文化資本化が強化
・女子校では「良妻賢母」を学ぶことが誇り・美徳→日韓の女性の性別規範を形成→抑圧に利用されるという流れ

⑧ 現代の女性:妻と母以外の生き方がある
・性別役割規範の再生産がジェンダー平等の大きな阻害要因となっている
→ 女子学生の専攻分野の大きな偏り(理系女子が少ない問題)・就業者および管理的職業従事者に占める日本の悲惨な現状(女性管理職が少ない問題)

⑨ 衣服が身体に刻むものは何か?
アーヴング・ゴフマン カナダの社会学者
・衣服=身体の動きを拘束し決定づけ、他者に印象を与える道具として使われるもの
→ 社会の枠組みが違えばスカートが身体に持たせる意味も変わる
→ スカート:西洋=女性を抑圧 日本=和装からの解放と特別感

⑩ 制服の意味と性別役割規範
・着用者にステイタスを与える
・集団への帰属の表明・正当性の識別
・個性の希薄化
・権力による管理統制可能であるという感覚を与える
・セクシャリティ規範はキリスト教的純潔主義による

⑪ 女子学生にとっての制服着用の意味
・良妻賢母の再生産として機能する
・女子生徒に社会的スティグマ(ゴフマン)を刻む可能性がある
・セルフアイデンティティに影響を与える可能性がある
・男性中心社会で「女性であること」を受け入れたくない

⑫ 調査方法:Inquiry Graphics
・画像をトリガーとしてインタビューを行う。
・参加者が無意識のうちに内面化している概念を表に出し、言語化する

⑬ 調査結果:参加者の考える理想的な制服(例)
・ きれい・かわいい・機能的・便利・快適
・ 個人主義・控えめとは真逆・違和感・主体性・自信・積極性

⑭ 調査結果:学校教育が導く理想のキャリア
・ 聞き上手・安心出来る・怖くない・優しい・丁寧・柔らかい・かわいらしい・清潔感
  無機質でない・清楚・派手でないことを好感が持てる→文化資本の再生産
・ 同志社大学学長 植木さん → 組織のリーダーになる可能性がある
・ 体育会系カルチャーの男らしい男性が家庭を持ち良妻賢母の妻が支える階層上昇・維持
  の王道 
→ アメリカの高度専門職の女性が、良妻賢母的な資質を備えると男性より報酬が安くなる

⑮ インタビュアーがアンコンシャスバイアス含むと考える教科書の画像
「中学生の音楽 2・3下」の表紙

⑯ 分析のための日本の制服の歴史とコンセプト

・イギリスのジェントルウーマンの美徳の影響→良妻賢母
・カトリック系の女子の聖母マリア

★日本で社会的に成功している女性は文化資本としての良妻賢母を用いながら地位を得た可能性

⑰ 女子学生をエンパワーメントするために 【提言】
・主体的に選べる制服
・良妻賢母的美徳の扱い方に注意深くなる
・男子への教育の見直し
→ 戦後の共学化=男子校に女子も入学できるようになったということ
※ 西は別学は私立だけ・東は国公立でも別学という違いも

★鮫島私見と質疑応答まとめ

メモを取りながらお話をお伺いしましたが、初めて聞く用語も含めて、とてもリアルタイムで消化出来るような内容ではなかったです。

多くの参加者の皆様からも、内容の濃さに消化不良の声も聞かれましたが、それでも随所に思い当たるところ、考えさせられるところ、

ギクリとさせられることも少なくありませんでした。

板敷さんの発表・主張を聞くのは、個人としては実は今回で2回目です。「抑圧された女性の解放」と捉えてしまう人もいらっしゃるのかも知れませんが、彼女の発表の中には、もちろん「翼を折られた痛み」は感じますが、その恨みのようなものを感じたことはありません。「誰もが苦しまずに生きられる世界」への願いと意志を私は強く感じます。

今回も私から質問させて頂いたことへの板敷さんのご回答を聞いて、彼女の研究や活動の素晴らしさを改めて感じました。

(私からの質問①)制服の自由化で失敗した公立学校の記事の中で、「自由化」=「学校の品格の低下」と捉え、批判に回ったのは地域を中心とした社会でした。学校評価はみるみる下がり、制服を復活させて信頼回復を実現したようですが、学校が生徒の制服に自由を与えても、それを認めない社会が変わらなければ、制服の自由化も進まないのではないか?

【板敷さんの回答】ゴフマンの言葉にもあるが、社会との相互作用は前提。学校の側だけが変わるということはないので、「社会が許容する範囲」でしか学校も変われないということは意識する必要がある。ただ、制服に生徒の主体性が関与する余地をどう工夫して入れるのかが大事なのではないか。

→ 安易に「生徒に自由を与える」「生徒の好きにさせる」ということで自らを「生徒思いのいい先生」と感じられる先生も少なくないと思います。学校が閉じていてはいけないのだということを改めて感じましたし、学校の外にいる市民も外から言いたい放題ではなく、当事者として考えて貰えるような社会にしていかなければと改めて感じました。

(私からの質問②) 「アメリカの高度専門職の女性が、良妻賢母的な資質を備えると男性より報酬が安くなる」という指摘があったが、逆にアメリカ社会で成功する女性がリーンインによって過度に男性社会に適応しているという課題意識もある。「マッチョな社会」は実は男性にとっても女性にとっても、生きづらい社会であり、むしろ「子育てもせず、女性にフリーライドしておいて、偉そうなおじさんがかっこ悪い、評価に値しない」という社会を創るべきなのではないか?

【板敷さんの回答】私が男子の教育が変わるべきと考えるのは、まさにそこであり、「男らしさ」の行き過ぎを社会・教育でも矯正する必要がある。それが上手くいかなければ、「良妻賢母」という価値観は結局は生き続けてしまうことになる。

板敷さんの研究や発信は、ポジショントークではなく、誰もが生きやすい社会を目指して行われているものだと改めて強く感じました。

参加者からは広く様々な課題について質問や意見も出されましたが、あまりに量が多いので幾つか要点のみご紹介させて頂きます。

<伊藤先生(女子教育研究会FENコアメンバーより)>
①状況に埋め込まれた学習 正統的周辺参加(レイブ&ウェンガー)
②「モモレンジャー@秋葉原」(鹿島茂)
③ハマータウンの野郎ども 学校への反抗・労働への順応(ポール・ウィリス)

→ 発表を聞いていて思い出した本としてご紹介下さいました。流石ですね。社会と個人の関係をジェンダーに限らず、様々な視点から考えることが重要だと学ばせて頂きました。

<石井先生(女子教育研究会FENコアメンバーより)>

女子大学のAPをまとめさせる伊藤先生の活動と関連して、女子校の多くが創立時に「良妻賢母」を掲げていないことをご指摘下さいました。にも関わらず、何故、日本では良妻賢母というイデオロギーがこれほど強かったのか?について、研究会後に吉野先生からご教示頂きましたので共有させて頂きます。

<吉野先生(女子教育研究会FEN顧問・コアメンバーより)>

  いろいろ新しい視点をお教えいただき、ありがとうございました。すごく学ばせていただきました。
 石井先生、伊藤先生からもお話がありましたが、戦前からの女子校のすべてが良妻賢母の学校として出発したわけではありませんでした。精神的自立をめざすキリスト教系、経済的自立をめざす職業系、そして「女性である前に一人の人間であれ」と教えた府立一女もその中に入るかもしれません。
 むしろ戦後の高度成長期に、一括りに戦前からの女子校は良妻賢母を標榜していたとされていったように思います。その過程で、戦前の皇軍兵士とセットになった銃後の母に照応する、企業戦士とセットになった専業主婦を「量産」していく道具になったのではないでしょうか。
 1980年代~90年代に出てきた「制服図鑑」なども、その中から生まれてきたもので、各私学が競って「カワイイ」制服にして受験生を集めるようになりました。男女雇用機会均等法ができても、資本の論理、社会全体の意識がそれを求めていたのではと思います。
 現在はハラスメントの問題や体育会系的な指導への反省があり、また、ティーチングパラダイムからラーニングパラダイムへ転換すべきという力も働き始めました。この研究会でも、共学校で女性の活躍がこれまで以上に目立つというお話がありました。これまで学校の中で支配的だった男性原理=縦の関係から、横の関係へと少しずつではあっても変化が生まれてきた、変化させなければいけないという雰囲気が出てきたことを学びました。
 少しずつではありますが、学校の在り方が変わってきたように思います。社会も少しずつではあっても変化していくと思いますので、今日のお話についても、今後変化していく可能性があるのでは、とするとその前後を比較することで、論拠もさらに明確になっていくのかな、ぜひまた聞かせていただきたいと思いました。

多くの方々に支えられながら活動が継続出来ていることに、心より感謝申し上げます。

  
  

 

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