第14回女子教育研究会FEN 「なぜ、ウェルビーイングを「幸せ」と訳すだけでは足りないのか?」 女子教育におけるWell-beingを考える 概要

【日時】 6月8日(土)20:00~21:30
【形式】 Zoom オンライン開催
​【登壇者】鈴木恭子氏
​【司会】鮫島慶太(女子教育研究会FEN 事務局)
【登壇者プロフィール】(独)労働政策研究・研修機構 研究員。ジェンダーの問題に焦点をあてながら、日本の労働市場における格差や不平等、日本型雇用の歴史と規範、
仕事の質とウェルビーイングなどをテーマに研究を進めている。研究者になる前はコンサルティング会社にて、企業の人事制度改革や組織変革プロジェクトに従事。
東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(博士)。ケンブリッジ大学MBA。 https://researchmap.jp/kysuzuki

女子教育研究会FEN https://keitasfen.wixsite.com/my-site

Well-beingという言葉が昨今の教育現場でも聞かれるようになりました。
令和5年2月7日の中央教育審議会教育振興基本計画部会(第13回)会議資料の中にも「ウェルビーイング」という言葉は何度も出てくるバズワードになっています。

「幸せはあなたの心次第」(ありありなんや=ありがとう・ありのままに・なんとかなる・やってみよう)というフレーズは慶應義塾大学の前野隆司教授監修の「ウェルビーイングの魔法」という本にも出てきており、教育現場の一部には既に入ってきています。

「場の幸福」「日本社会に根ざしたウェルビーイング」「日本的幸福としての協調的幸福」といった言葉に置き換えられ、京都大学の内田由紀子教授の発信も中教審から配信されています。

私たち教育現場の人間は、SDGsにせよ、Society 5.0にせよ、Leadership理論にせよ、今回のWell-beingにせよ、深く考える機会を持たないまま、子ども達への日々の教育の中でそれらについて触れ、伝えてしまう。よく分かっていないのに伝えてしまう、ということだけならまだしも、「本当に無批判に伝えてよいのか?」とどこかで違和感を感じながらも、商品として、流行として、今の教育現場には様々なものが入ってきてしまいます。

労働政策研究・研修機構(JILPT)研究員の鈴木恭子さんの発信に出逢ったのは、そんなモヤモヤ感を抱えていた時でした。
JILPTリサーチアイ 第79回 なぜWell-beingを「幸せ」と訳すのでは足りないか? (2023年11月29日)

この発信に出逢って、自分の中のモヤモヤの正体がハッキリとした輪郭を持った解像度の高いものとして見えた気がしました。

確かに、恵まれた環境にありながら、「心の在り方」によって苦しむ人は沢山います。子ども達の中にも、大人達の中にも。
そして、自分の心をコントロールしたり、整えたりすることで、気持ちが晴れて、「精神的豊かさ」を感じることができるようになる人もいる。
しかし、鈴木恭子さんは、それを否定はしないものの、果たしてWell-beingを「心理学的なアプローチ」のみで考えてよいのか、という問いから出発します。

今回の登壇でも、先ほどの発信と同様、国際指標の比較を通して、日本のWell-beingがどのように変質しているのかに注目し丁寧に解説して頂きました。
・国際指標であるOECDやBetter Life Indexでは、11の項目の1つに過ぎない主観的幸福感(SWB)が、内閣府の日本版Well-beingでは「SWBを最上位」に置いたモデルに置き換わっている。
・国際指標にはあるが、日本版Well-beingでは、「市民参画(Civic Engagement)」が除外されている。
・日本企業では、「社員のWell-being」は「社員のエンゲージメント」を高め、結果として「会社の生産性向上」を達成するものとして捉えられている。
・国際指標で低調な日本のWell-beingの項目の問題を放置したまま、主観的幸福感(SWB)に焦点化した課題意識への誘導は構造的問題を放置する危険性にも繋がる。
・差別的な雇用形態やジェンダー課題も、日本的なWell-being解釈の中で置き去りにされてしまう恐れがある。

私の拙い理解では正確な解釈が出来ているかどうか、多少心もとないですが、多角的な視点からWell-beingの在り方を考える貴重なヒントを頂くことが出来ました。

そして、後半の発表からは、「企業中心社会を降りる」という刺激的なタイトルでお話を進めて下さいました。

企業が達成すべきWell-beingとは、すべての人が健康で文化的な生活を送るためのディーセントな労働条件がすべての構成員に保障されることである。
しかし、最近の大企業の賃上げの話題の中で、中小企業の賃上げはなかなか進まないのが現状であるし、当然、大企業型雇用に属さない労働者の生活も苦しくなっている。
労働市場全体でみれば、不利な立場にある人に対してもWell-beingが配慮され行き渡ることを目指さなければならないはず。
「付加価値」のある労働による利益は、それを支える「付加価値」を高く評価されない労働によって支えられている訳だし、社会全体の中で必要不可欠なエッセンシャルワークに対する配分も軽視され続けている状況も改善されなければならない。企業が自社の社員のウェルビーイング推進に取り組むのはよいことだが、その対象には正社員にとどまらず非正規雇用も当然含まれるべきであり、雇用形態間の格差を不問にしたままの「ウェルビーイング経営」では、現在の歪な社会構造が維持され、ウェルビーイングは限定的なものとして扱われ続けるものになってしまう。

大沢真理が1990年代はじめに批判した、大企業の利害が個人や社会の利益よりも優先されるような日本社会、「企業中心社会」から日本は変われていない。企業の外側でWell-beingの実現を推進していくかが重要なのではないか。

鈴木恭子さんは、「心の在り方を整えること」が重要ではない、とお話になったのではありません。そこに偏ることで、日本社会の歪みから多くの人が目を反らし、結果として大多数の日本人のWell-beingが課題とされる視野の外に追いやられることに警鐘を鳴らして下さったのだと受け止めました。

質疑応答では、「発表内容により、Well-beingを考える時の視野が広がった」「日本におけるWell-beingを教育現場で扱っていく際の解像度が上がった」といった感想が多く聞かれました。

その後、ご参加下さった小熊英二先生(日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学)から鋭いご指摘を頂きました。この会の趣旨、場にそぐわないと前置きをされた後で、ご発信頂いた内容については、フェミニズム的なスタンス、アマルティア・センのCapabilityとの繋がりのお話だったかと思いますが、私自身の不勉強を反省するしかありません。鈴木恭子様と小熊先生の空中戦をただ眺めるしかなかったです、私は(笑)。

ただ、小熊先生から学んだのは
・国際指標が具体的にどのような項目によって調査・評価されているものであるのか?
・国際指標による比較にどこまで意味があるのか?
・思想・哲学は単なる理論ではなく、生身の人間が生きた場と不可分なものとして理解する必要がある。
といったことです。

学問の世界の厳しさに私なりに、少し触れた気がしたとともに、小熊先生がその後の雑談でご提案下さった具体的な施策のインパクトも大きかったです。

「分からないことが分かるようになった」という思いで固まりかけた自分という粗末な球体が見事に破裂する快感、若い頃は結構あったんですよね~。
久しぶりに味わうことができました。小熊先生からは、地方を歩いて生身の人間として感じ体感したこともお伺いできて本当に勉強になりました。

女子教育研究会FENも14回の学習会を無事に終えることができました。
コアメンバーの皆様、暖かく見守って下さる皆様、ご縁を頂いた多くの皆様に支えられてここまで楽しく学ばせて頂いています。

心の中に生まれた新たな混沌を、安易に片付けずに、また学び続けていこうと思います。
引き続きよろしくお願い致します。

 

 

 

 

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