研究員ブログ鮫島慶太

新課程入試における共通テストの方針、試作問題に関する発表 【英語の問題分析】

2022年11月9日に大学入試センターより、新課程入試における共通テストの方針、試作問題に関する発表が行われました。 

 これまでのブログでも触れてきましたが、現在の教育改革の大部分については2000年3月の提言以来、今日に至るまで「経団連」主導で進んでいます。共通テストについても、基本は同じです。(ある研究会で政財学の三位一体の構造を学ばせて頂きました)

https://www.mext.go.jp/content/20200720-mxt_daigakuc02-000008656_2.pdf (2020年7月「大学入試に関する経団連の考え方」)

 

 ただ、民間英語試験の共通テストへの導入が見送られたり、数国の共通テストへの記述式導入が見送られたりしたように、経団連の提言の全てが実現するとは限りません。しかし、首都圏ブランド大学を中心に、受験生や保護者の大学評価軸の一つとして、「大学の就職力」が無視出来ない以上、大学側も経済界の意向を無視出来ない状況です。また、中教審をはじめとする文科省の委員会や政策決定の場に経団連や経済同友会からも人材が入っている以上、今後も「財界の意向」は大学の選抜方法や各大学の入試・教育改革に大きな影響を持つでしょう。現に早稲田大学や上智大学がスタートしている「共通テスト+個別入試」による選抜は経団連の提言を強く反映していると言えます。大学入試の今後は、財界発信やそれを受けたCSTI(総合科学技術・イノベーション会議 – 内閣府)の発信をチェックすればある程度予想出来るのではないかと思います。

 高等学校段階での文系・理系の枠組みそのものについても、経団連発信では見直しの課題として挙がっています。今後は入試だけでなく、高等学校のカリキュラム編成にも影響が出てくるかも知れません。受験生の中には「負荷の軽い方」を選択する流れも当然出てくるでしょう。しかし、その道は「日本の経済界・資本」が評価する人材からは離れてしまう訳ですから、目先の楽を選択することが将来の大きなリスクにならないとも限りません。

 もちろん、子どもたちのキャリア形成は、大学などのアカデミズムからの要求や経団連などの資本からの要求に応えるためだけに行うものではありません。自分自身のWell-beingを創り上げるために行うものだと思います。ですので、「将来の就職が~」とか「大学入試が~」ということに振り回される必要はないと思いますが、それでも今からの時代は、「学ぶ」ことから逃げるマインドではドンドン自分を苦しいところに追い込んでしまうことは間違いないでしょう。何でも、何度も貪欲に学んでいこうとする姿勢が大人・子どもを問わず必要な時代なのだと思います。

 さて、今回のブログでは英語の試作問題を少し詳しく見ていきます。文系・理系を問わずほぼ全員が受験する科目です。今回の共通テスト英語の変化はメディアや教育産業の発信にもあるように、他教科と比べると「それほど変わった点は見られない」と言うことは出来ます。国社などの変化が大きいので今回の発信では目立たないということもあるのでしょう。ただ、本質的な部分で今回の問題には変化が見られ、日常の英語学習でも注意しておくべきことがある、と私は判断しています。以下、解説をしていきたいと思います。

資料はこちら:https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?d=395&f=abm00003152.pdf&n=5-2-1_%E8%A9%A6%E4%BD%9C%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%80%8E%E8%8B%B1%E8%AA%9E%EF%BC%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%EF%BC%89%E3%80%8F.pdf

 まず問題の設定ですが、「Essayを書く」場面と設定されています。こうした問題設定から、「ライティングスキルの素養を確かめることが狙い」といった指摘があります。今回の一部教育産業からの発信にもあります。ただ、それは問題を表面的に見れば誰にでも言えることですから、本当に「ライティングスキルが試されているのか?」「ライティングスキルが得点力に影響するのか?」を確かめなければなりません。これは、数学の「太郎と花子問題」や地歴科目の「対話問題」や「班別発表問題」でも同じことが言えます。問題形式だけを見て、「PBLや対話型学びをしていなければ対応出来ない」と決めつけることが出来ないのと同じです。そもそも「先生と生徒の普通はあり得ないような対話」を問題に組み込むような形式は、これまでの入試問題や定期試験にもありましたし、問題集の解説などでも採用されていますが、そうした「体験」を不可欠な前提になっていたかと言うとそんなことはありません。メディア発信や教育産業発信を鵜呑みにしないように注意したいポイントです。それでは提示された英文A~Eをまず読んでみましょう。

まず、設問部分に Read various sources とあります。この提示の仕方がまずこれまでの試行問題や2回の共通テスト本番では見られなかったもので、丁寧な設定になったと個人的には評価しています。

 平成29年度(2017年)に出された英語の試行問題の分析でも2021年の初回の共通テスト英語の問題の分析でもFact/ Opinionの2分法に関する出題には大きな課題があることを指摘してきました。今回の試行問題では安易な二分法は消えて、英文をあくまでsource = factとして扱っている点が大きな変化です。Fact/Opinionの二分法についてはPISAでも採用されていますので、今後も共通テストの出題から消えるとは言い切れませんが、少なくともFactの定義を曖昧にした出題はなくなりそうですね。この辺りの指摘はメディアの指摘にも教育産業の指摘にも予備校の分析にも見当たりませんが、作問者の意識が社会言語学の観点からUpdateされていることについては評価すべきではないかと思います。

 さて、設問を見ていきましょう。

 上記2問については、センター試験時代から解法は変わりません。「本文のどこに選択肢に関連する英文に関係のある情報が書かれているかを探す(Scanning)」と「間違っている選択肢を消去する(消去法)」によって解答の精度を上げていけるタイプの問題です。問2のimplies(明示する)はブルームのタキソノミーなどの分類で言えば「知識・技能」ではなくLogical Reading(論理的思考)の範疇に入りますが、それでも「何が推論として成立するか」という高次の思考力を問う問題ではなく、明らかな間違いを含む選択肢を消去すれば解答出来ます。慶應義塾大学の法学部・経済学部などで見られるレベルの問題ではないということです。

設問3~4はA~Eの5つのSourcesの中から、「スマホ利用」に反対の立場のものを選べばOKです。

Aは「賛成」Cは「子どもの安全から持たせたいが授業での利用は不安」という保護者の意見、Dは「スマホで学習が改善した」という生徒の意見ですから、英文の内容が分かればすぐに解答出来るはずです。

設問5は「スマホ利用反対」という趣旨でBEの英文で述べられていることを述べた英文を選べば簡単ですね。

Step3はEssayのOutlineの穴埋めです。この形式だけを見て、「Writing力を測定する狙い」といった評価もありますが、ほとんど関係ないことは問題を解いてみれば分かります。Source A(スマホ<PC・タブレット)の内容と矛盾する選択肢を消去法で消していけば正解はすぐに出せます。

Source Bはグラフも使われていますが、選択肢の英文の中で明らかに資料と矛盾する表現を含む選択肢を消せば正解は1つしか残りません。センター試験時代から見られた「資料を用いた読解問題」とほぼ変わらないことが分かるでしょう。

第A問については、概要を以下のようにまとめることが出来ます。

□ 従来の試行問題や共通テストで見られた定義が不明なFact/Opinion識別といった安易な作問から、情報をsource = fact と考えるメディアリテラシーを意識した作問にUpdateしている。

□ WritingのOutlineという見かけの変化はあるが、問題解答時に必要な考え方や解法についてはセンター試験時代から大きな違いはない。必要なのは1文1文の正確な読解力のみ。

□ Logical Thinking / Critical Thinking などHOTs(Higher Order Thinking Skills)に分類すべき問題は見当たらない。

次に第B問です。

 第B問は自分の書いたエッセイに対して先生が添削コメントしているという状況設定の問題です。これまでの共通テストやセンター試験では見られない設定で、「Writing能力の素養をReadingで評価」といったコメントはこの設定を見て出されているものと思われます。しかし、問題を解いてみる限り、そうした評価は当たっているとは思えません。実際、私はこの問題を解くのに全体を読む必要もなかったです(笑)。

 第A問・第B問ともに、教育産業の発信は解答者ではなく、問題コンセプトに偏った見かけの話である、ということが出来ます。代ゼミや河合塾の分析は解答者目線で「ほぼ従来通り」と評価している点はその通りですが、作問の前提となるコンセプトのUpdateや方向性を軽視し過ぎると、読解や発信に関わる日常学習が単なるテクニックに走り過ぎることになり、より洗練された思考力問題には対応が難しくなる可能性もあります。英語についてはメディアの発信に「主体的に分析したもの」は見られず、予備校発信をそのまま報じているものがほとんどです。

[朝日]

【共通テスト試作問題】国語 分量さらに増加、情報処理能力も必要に

【共通テスト試作問題】地理 防災重視、日本と世界結びつける出題も

【共通テスト試作問題】歴史 資料を読み解き、時代超えた共通点問う

【共通テスト試作問題】公民 データを扱う問題が増え、統計の知識も

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【共通テスト試作問題】英語 2022年と似た傾向、単語数は3割増

【共通テスト試作問題】情報 プログラミングやデータ活用の実践問う

 [読売] 大学入学共通テストの試作問題公表、「情報I」のプログラミングなど…25年に刷新

 [日経] 共通テスト新設「情報」試作問題 デジタル実践力問う

 [毎日] 25年実施の共通テストに「情報」追加 地歴・公民も大幅変更

 [産経] 令和7年に再編の共通テスト問題例を公表 発展科目など出題傾向判明

 [共同] 大学共通テ、実用力重視鮮明に

今後は私大受験で急速に広まっている民間英語試験の問題との比較などの視点から課題意識を持った報道が出てくることを期待したいところです。現在のところ特に注目すべき発信は見当たらないように思います。

 以上、今回は英語の試作問題について具体的な分析をしてみました。今回は国語と地歴の発信に様々な反応が見られます。「共通テストをどうすべきか?」よりも「人生100年時代をどう学びながら過ごすか?」がもっと大切にされる社会になって欲しいものですが、しばらくはこうした喧噪は続きそうです。でも、受験生の皆さんは入試を超えて「自分の人生を豊かにする学び」「Well-beingを目指した学び」を是非探究して欲しいと思います。

 

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