研究情報鮫島慶太

辻秀一先生の「スラムダンク勝利学」を読んで考える 「自信が先か、結果が先か」

辻秀一先生の「スラムダンク勝利学」を読んで考える

「自信が先か、結果が先か」

この質問をすれば、ほとんどの人は「自信」と答える。
つまり、「結果」と答えれば、「結果に左右される自信」が脆いものだということは
頭では多くの人は理解しているからだろう。

しかし、「結果に先立つ自信」を備えた人は大人、子どもを問わず少ないのかも知れない。
「豆腐メンタル」で苦しむ若い子たちを見ていると、余計にそう思うことが多い。

だからこそ、「結果に先立つ自信」を持てない人間は「大丈夫だ」と言ってくれる人間を求める場合も少なからず、ある。

学校なら「カリスマ性を備えた教員」「授業力が圧倒的な教師」「塾のようなビジネス」に「大丈夫だ」と言われて安心する。

もう少し広い社会なら、インフルエンサー。最近そうした人材の需要が大きいということは、社会全体、大人の側も
「結果に先立つ自信」を自らの中から生むことが出来ず、不安を持て余していることの証左なのかもしれない。

少し外れるが、「大丈夫だ」という教員もあるいはインフルエンサーも実は不安であることも珍しくない。
「大丈夫」と言いながら、「自信」は持っていないということもある。

だから根拠を求める。それが「偏差値」「過去の成功例」「データ」といったものであることも少なからずある。
故に、自分の不安を消すためにも、自分への信仰を強化するためにも、「自分の指導で成果が出ているエビデンス」
として偏差値や「データ」は必要不可欠なものになる。だから振り回す。

仮にその浅いデータ解釈と発信が他の学年の教員や生徒に、あるいは他の分野の人間にマイナスの影響を与える可能性があっても、
そういうことは気にならない。

自分の不安を消すこと、自分が信頼されることこそが最重要であるからだ。
ただ、これは全否定も出来ない。何故なら、「結果に先立つ自信」を生徒や多くの人々に与えているという点においては
子どもたちや大人たちを支えているとも言えるのだから。

しかし、「偏差値」「データ」に限らず、指導者やインフルエンサーが拠り所にするデータが予想する「結果」が
いつも生徒や大人たちが求める「結果」と整合性をもって実現するとは限らない。むしろそうではないことの方が多い。
模試と本番は違うし、理論と現実は必ずしも一致しない。

また、その不整合に他ならぬ子供たち自身が気づいてしまう場合もある。
教祖への懐疑。それは避けられなくなる。

その時、その子どもや大人が「結果に先立つ自信」はもちろんのこと、「結果から生まれる自信」であっても
それを土台に経験値をそれなりに積み重ねていて、自分で考えらる人間に成長していければよいが、
そうですらない場合には、「騙された」となるし、そうならなくても、今度は「より深い自己不信」に陥ることになりかねない。

だから、お金儲けのインフルエンサーはともかく、指導者は、「結果に整合するエビデンスや経験」をきちんと
持っておく必要がある。それは決して楽なことではない。「勝つための探求」は、やはりそれはそれなりの能力と努力が必要なのだ。

また、そもそも、絶対的な存在として指導者があること自体が課題。勝負の世界には指導者はいつも一緒にいる訳ではない
のだから。指導者から離れて、自分の努力や自己洞察を土台にした「結果に先立つ自信」を持てるように促さなければならない。
「勝つための探求」をする同じ仲間という立ち位置になれれば、そこが出発点になるのかもしれない。
そして、「勝つ」を目指した探求から「広げる」「変える」などを目指す探究になれば、それを共有出来る繋がりは大きな宝となる。

さて、他方では、子どもや力を持たない人間に対してマウントを取ることばかりの人間もいる。
「悪い結果」を材料に子ども達や「持たざる人」を相手に「身をわきまえろ」「分相応が分からないのか」「現実を見ろ」という大人の心理には
「結果が悪いのに平気でいられるメンタルの状況」への怒りがある。
これは、昨今の日本社会で見られる徹底したネガティヴ発信にも共通しているものかも知れない。

なぜなら、そういうネガティヴ発信をする人間自身が、「自信」がなく「結果」を欲しがり、それが得られないから苦しんでいる場合もある
からだ。そうした自らのストレスを無意識に子供たちや他者にぶつけている大人は実は少なくない。
「こんなに頑張っている自分が自己肯定感を下げているのに、こんな酷い結果で努力もしない人間が自己否定の欠片すらないのは許せない」
これが本音だろう。子供のために、部下のために、は単なる自己欺瞞のための粉飾の論理でしかない。

で、足の引っ張り合いが起こる日本の社会。
その要因の一つは、「結果に先立つ自信」の不在かもしれない。
そして、それは、実は「将来への希望にあふれた志の不在」なのかもしれない。

そう、だから「志」は大切にしたい。

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