鮫島慶太鮫島慶太

大学債(大学ファンド)をどう見る?

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE2315H0T20C21A7000000/

日本経済新聞2021年7月26日記事より

 

現場の教育とは無関係に思われるかも知れませんが、この問題が広く教育関係者を中心に国民的な議論にすらならない現状に大きな疑問を感じます。

 

ハーバード大学などの運用と比較し、日本の大学の資産運用の規模が小さいという点がしばしば強調されます。

私は「大学による資産運用」そのものは是々非々だと思っています。ただ、今回の大学債では以下の点がきちんと整理され説明され、議論にならないことがどうしても納得いきません。

 

① 国公立大学の行う資産運用である以上、原資は「税金」「国の資産」であり、国民的なコンセンサスが必要。

② 運用目的は「研究」「人件費」とされるが、それらの「公的意義」についての国民的なコンセンサスが不明。

 

まず1点目ですが、ハーバード大学は多額の学納金、寄付金で運営されるアメリカの私立大学です。当然ですが、資産運用に税金という公金を投入していません。更にポートフォリオを見ると、伝統的金融資産(株・債権)に加えてヘッジファンド、プライベイトエクイティなどが30%を占めます。不動産についても日本よりリセールバリューが案安定している欧米の状況からでしょうか、非常に高い割合で投資出来るのだと感じました。

運用益平均は20年間で9.5%。全米株式のS&P500や全世界株などのインデックス投資をはるかに凌ぐ信じられないほど高い水準。これは、ウォール街と通じているハーバードならではの運用だからなのかな、と勘ぐってしまいます。

日本に同じようなパフォーマンスが期待出来るのか?と言えば・・・。やはり難しいのではないか?と思います。

もちろん、ハーバード並の運用益を期待するのは酷でしょうし、現在の日本の経済状況を見れば、外国の株式などへの投資もやむを得ないとは思います。運用益は3~4%を想定しているでしょうが、リスクを考えるとそれも妥当な線だと思います。

問題は、「公費」を運用することの是非についてです。年金におけるGPIFについては、「将来の若年層の負担軽減」という「大義」がありますが、この大学債についてはどうでしょう?日経の記事には以下のようにあります。

社会的な課題の解決につながる事業に使途を限ったソーシャルボンド(社会貢献債)とし、大型研究施設や新型コロナウイルス対応のキャンパスの整備に使う考えだ。

この点について、具体的な内容は今後発信されるのかもしれませんが、「大学の社会的存在意義」=「短期で成果を出す研究」に限定されないか?という不安をまず感じました。もちろん、「大学の研究は尊いものであるから、成果などはあまりうるさく言わず、国費を惜しみなくつぎ込むべきである」といったノスタルジックな大学側の傲慢さ(あくまで私が感じているものですが)は市民社会の厳しい審判を受けるべきだと思います。が、これまでの大学に他する行政や経済界のスタンスを見ると、「イノベーションを含む短期で金になる事業を最優先せよ」という資本側の都合に大学が振り回されている状況は確実にあると思います。この点が「国民的なコンセンサス不在」と私が大学債を巡る問題で感じる大きな違和感です。国民Orientedではなく資本Orientedである点が税金を原資とする資産運用とマッチングしない。

ここからは2点目ですが、大学ファンドの運用目的が「社会的課題の解決=社会貢献」というのであれば、「公費を運用した利益」は、リカレント教育不足の改善(当該大学学生だけではなく国民の再教育を含む)、非正規教職員の待遇改善、SSW(ソーシャルワーカー)やカウンセラーなどのエッセンシャルワーカーの待遇改善などにも向けられるべきだと思います。端的に言えば、「広く国民に存在意義を認められた大学が、国民の利益を目指して行う活動について、コモンズとして発展することに繋がる運用益の活用」こそ必要だと思うのですが・・・。

また、そもそもハーバード大学にせよ、大学が資産運用を行う場合には、先に事業計画、研究計画があるべきで、それらが雑に後回しになっていることにも疑問を感じます。

皆さんはこの大学ファンド問題、どのようにお考えでしょうか?

低成長、高齢化、人口減少などの課題を抱える日本が、大学債に限らず、過去の資産を運用することについては、是々非々だと私は思います。もちろん、r>g (ピケティ)の指摘を無視する訳でも、新自由主義の暴走資本主義を肯定するわけでもありません。ただ、「国民全体の資産に手を付けるな」と言いつつ、閉じた大学がほんの一握りの内部の大学人にのみ独占されるような姿勢にも大きな疑問を感じています。ですから、大学が持つ資産を広く国民に還元する(直接的な還元でなくても研究を通じてでも)ということであれば、大学債による運用もよいと思います。

ただ、国民にどう還元されるのかが見えない=国民的コンセンサスなど不在という現状は明らかに異常だし、どうしても資本への隷属・貢献という図式が見えてしまう。であれば、資本が原資を投じるべきであり、国費を使うのは筋が違う、と感じざるを得ません。

それにしても、中高の現場でこうした話題が出るか?というと・・・。

大学だけではなく、中高の現場も「市民社会での存在意義」を突きつけられ、焼かれる日もそう遠くないのかも知れませんね。

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ESN英語教育総合研究会

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