鮫島慶太鮫島慶太

2022/4/30 女子教育研究会 吉野先生をお迎えしての読書会 概要

『女の子の「自己肯定感」を高める育て方』(吉野明著 実務教育出版)【読書会】

日時:2022/4/30 18:00~20:00

① ご著書の背景

 経営が苦しくなる女子校が共学化する学校も増加している。女子校として継続していこうという学校も含めて、多くの学校では「進学実績向上・女子の強みを活かした進路指導・GMARCHや模試学力を学力保証に」といった学校運営が昔も今も多いように思える。そんな中、吉野先生がこの本の中でご紹介されている1980年代に女子教育の本質から学校を変えていこうとお考えになった背景を伺った。

(吉野先生の講話内容)

        □ 進路指導部長と広報部長の兼務:入口から出口までを、部分ではなく全体として見る。

         □ 対処療法では必ずどこかに歪みが出る。パターン思考ではなくシステム思考で。

              □ 人生の原点としての中高6年間

              □ バブルに向かう日本経済と日本人の内面の荒廃がそのまま荒れた学校と繋がった時代

              □ 教育相談室の開設:外部からカウンセラーを招きカウンセリングマインドを教育に導入

              □ 受験指導<キャリア教育の重視:6年間の内省支援(HRノート・自分史:ポートフォリオ)

              □ 「まるごと一人の私」の成長

              □ 四科総合入試の導入

              □ 「鷗友版自己同一 性理論」⇒ 自己肯定感が高まるまでの成長モデル

 今でこそ学校にカウンセラーがいることも、キャリア教育という言葉も珍しくなくなったが、今から40年近く前から、現在の教育改革に通じる発想を先取りし、生徒1人1人の成長に丁寧に向き合う数々の実践に取り組まれていたことに、参加者一同大きな感銘を受けた。一方で類似した実践例がなぜ上手く機能しないことが多いのかについても、なぜ単なる「形だけを真似る」改革もどきでは教育の場は変わらないということも痛切に考えさせられた。それぞれが対峙する現場で生徒1人1人を観察し、時間を掛けて「耕す」といったマインドが教員には必要だということだろう。「新しい教育」といった実態の伴わないものに踊らされてはならないことを改めて感じさせて頂いた講話であった。

② 自己肯定感というキーワードを巡って

 まず本研究会のスタンスとして、「様々な女子校の課題解決=自己肯定感向上」といった安易な図式で考えることはしないことを確認。吉野先生はご自身の生きてこられた時代の自校の課題に取り組まれ、様々な実践例をお持ちだが、私たち現場の教員が今日それぞれの現場で抱えている課題は、類似したものもあれば、違うものもあり、時代とともに変わっていないものもあれば、大きく変わっているものもある。吉野先生の実践例から真摯に学ぶ姿勢は持ちながらも、時代も変わり、社会も課題も変化し続けている現代という時代の中で、女子教育の何を課題とし、教育のUpdateに取り組まなければならないのかを考える機会としたい。

(Q1)そもそも、「自己肯定感」というKey Wordだけで先生の様々な実践を語るのも大変だったのでは?

(A1)著書として出版する際の限界として、発達段階の違い、傾向、グラデーションなどは捨象された。本の中で語り尽くせぬことは多々ある。

(Q2)「自己肯定感の低さ」は結果であり、要因は別のところにあるのかも知れないのではないか?

(A2)そう思う。乳酸は疲労の原因ではなく疲労を回復させる物質であるのと同じ。自己肯定感を高めることは自己肯定感を低くしている阻害要因を排除すること。

(Q3)「自己肯定感が低い」ということは、果たして成長期のどの段階においてもマイナスなのか?

(A3)他者理解が伴わず、自己肯定感が高いのは問題。しかし、低いと向上心もわかない?多分、人生の選択をしなければいけない時期は高い方が良い。運動会の後など、達成感が高い時期に選択科目の希望調査をするとすごく前向きになる。また、鴎友学園では中学2~3年の時期を「中だるみ」として問題視するのではなく、。独自性も社会性も低い状態、自己肯定感も低い状態であることを理解して「拡散期」とし、否定的な見方をしなかった。成長期の一時的な自己肯定感の低下は覚醒し変化していくためにも通らざるを得ない経験かも知れない。ただ、その自己肯定感が低いままその後も過ごしてしまうことは大きな問題。特に女子は男子に比べても強く「社会規範」の影響を受けることで自己肯定感が低下しがちな傾向がある。「女の子らしさ」「点数至上主義」を求められることで自己肯定感が大きく傷つけられることに対して、大人の側が強く意識して接する必要がある。

(Q4)日経の全面広告に対して、国連女性機関がジェンダー平等推進の一つとして「「アンステレオ タイプアライアンス」と呼ばれる取り組みをしていることでの正式な抗議がありました。いわゆ る女性らしさや女子の特性みたいな差異の強調がジェンダー平等の流れといかに整合するのかが 気になります。この点は今後加速度的にクローズアップされると予想されますが、その点はどう お考えでしょうか。(事前に集めた参加者からの質問)

(A4)広告や教科書など、ステレオタイプを広めようとする動きについては、まったくその通り、 正しいご意見だと思う。 しかし、Genderギャップ指数などでも明らかなように、社会の指導者層を中心にまだ「女のく せに」「女だから」「女なのに」という意識が現実問題として残り、それが小さい頃から刷り込まれ、思い込まされている状況がある。地方の学校で講演すると痛切にそれを感じることが多い。「なぜできない女子に教えるのか」「女には無理な分野だ」「教えてもムダ」「男子の進学実績を上げるために、女子は無視しました」などという教員が共学の高校の、特に理数の教員には まだたくさんいるのが現状。その結果として多くの女性が排除され、不利益を被っている。その現実こそ批判されるべきで、その現実を直視し、そういう状態を指摘して何とかしようという動きまで、男女に二分する のはステレオタイプだとして排除しようとするのは間違っていると思う。teaching paradigmからlearning paradigmへの転換、教師・教科中心主義から 学習者中心主義への転換が求められる時代。教員の意識改革が進めば、全国の学校が、教員が、男子・女子として生徒を見るのではなく、一人ひとりを「まるごと一人の私」として見ることがで きるようになれば、あるいは、集団としてこうあるべき生徒たちではなく、個人をそれぞれ個別 の個性ある個人として見ることができるようになれば、「女らしさ」という枠ではなく、一人ひとりの「あなたらしさ」が求められるようになり、世間の「女らしさ」を打ち破るためにがんばってきた女子校は必要なくなるかも知れない。しかしそれまでは、女子が被る不利益を解消するために、共学校では力を開発されない女子のために、女子校は必要だと思うし、まだまだ先は長いのではないかと感じている。

(Q5)女子中高大を卒業してリーダーシップを発揮しても、企業の不平等と不条理に直面します。その ヒントをいただきたいです。学校教育が変わっても、社会が変わらない限り、今後も日本社会のジェンダー課題は解決しないのではないか?相変わらず酷い日本社会を前提にこれまで女子教育は何をしてきたのか?も改めて問われる必要があるのではないか?(事前に集めた参加者からの質問)

(A5)私もまったくその通りだと思う。でも、50年前、40年前、30年前と比較すると、いろいろなところでいろいろな変化は起こってきているとも思う。あと一押しとは絶対に言えませんが、二押し、三押しくらいのところまで来ているのではないでしょうか。今の日本のこの酷い状況は、明治以来の男の枠組みによる教育によって作られてきた。しかし、教育が変わろうとしている。教員の意識改革が進み、一人ひとりを「まるごと一人の私」 と評価することができるようになれば、社会全体も変わっていくのではないかと思うのですが、甘いでしょうか?そういう意味で私は、手前味噌ではありますが、「女性である前にひとりの人間であれ」という教えに従い、男子の能力を伸ばすために作られたカリキュラムから離れ、人間の能力を伸ばすために作られたカリキュラムで学んだ鷗友の卒業生に期待している。 これから、さまざまなメディアに取り上げてもらうよう働きかけ、さまざまな形で発信していくことが大切ですし、学校からも発信する必要があると思います。 5月10日(火)『クローズアップ現代』はテーマが「女子の自己肯定感」となる予定。急な事件などが入ると変更されますが、鷗友の取り組みがちょっと紹介される予定。ぜひ宣伝してください。 また、受験雑誌ですので影響力は小さいのですが、『進学レーダー』で連載していただいている「世界の中で小さな声を聞く」では、小学生向けに4回にわたりジェンダーを特集します。 “男の子は女のくせにと言ってはいけない”とか、制服のスラックス採用などを出発点にLGBTQなども取り上げ、解説しています。

ここまでの内容で時間の関係で終了となった。この読書会は今回1回限りではなく、今後もご著書の内容に関連させながら継続する予定です。ご参加頂いた皆様、本当にありがとうございました。ご講演頂いた吉野先生には感謝しかありません。次回以降も是非よろしくお願い致します。

この記事を書いた人

ESN英語教育総合研究会

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