女子教育研究会FEN オンラインイベント No.11 「日本におけるジェンダー規範」

女子教育研究会FEN オンラインイベント No.11 「日本におけるジェンダー規範」

【登壇者】板敷ヨシコ氏 女性社会研究所 代表
【概要】
イギリスのランカスター大学教育と社会正義コースでの修士論文「女子学生の制服、女性の表象を通じたジェンダー規範の記号論:教師の解釈」を要約しつつ発表頂きました。
研究にご協力いただいた高校の先生方が提示して下さった制服と女性のキャリア像の画像と解釈を通じて、日本におけるジェンダー規範を明らかにしたものです。
働く女性が増加し、多様なジェンダーの価値観が当たり前になりつつある現代であっても、「良妻賢母イデオロギー」が時代や場所に合わせて変化して表現されることについてお伝え頂きました。
加えて、教員の性別、所学校の種類(共学、別学)から見えてきたことなどもお話し頂きました。

【事務局鮫島のまとめ・感想・参加者の感想など】
私たち女子教育の場にある教員は、「男女平等」「男女機会均等」などの価値観を当たり前に持って女子教育にあたっていると思っています。
時代の流れとともに、「ジェンダー平等」や「多様性の尊重」といった価値観も社会に浸透し、教育もそれに伴ってUpdateしていると自分達では思って現場に立っています。
だからこそ、日本のジェンダー指数は低迷したまま、女性の社会活躍にしても「労働力不足」の文脈から盛んに言われるようになってきただけで、社会が変化しないことへの不満も
強く持っていることが多いと思います。

しかし、日本だけがジェンダー課題という分野で取り残されている背景には、「日本社会」と同様に「学校」という場でも「良妻賢母イデオロギー」が再生産されているという指摘を
女子教育の現場にある1人として重く受け止めなければならないという感想を強く持ちました。

発表では、まず学校のみならず、社会の様々な場面で日本のジェンダー規範がどのように現われているのかを写真を使ってご説明頂きました。

①2023年G7男女共同参画・女性活躍担当大臣会合
⇒ 会合の趣旨とはかけ離れた「地元PR」と日本人男性を中心にした写真の構図に、ジェンダー規範が強く表れているとのご指摘がありました。

②JR九州 櫻燕団パフォーマンス
⇒ 強い男性(燕)と支える女性(櫻)、背後には軍艦という構図。

③埼玉県の高校の応援団連盟
⇒ 男らしさの強調
⇒ 日本独特なもので外国人の目から見ると異質なものと捉えられる。

④共学化した女子校の体育祭

⑤茨城県の高校のリーダー部(2020年)
⇒ 総合職の女性の扱われ方に近い構図。事務職の女性の扱われ方とは違う。男社会で生きる女性への厳しさがうかがえる。

⑥広島県の造船会社
⇒ 保守的業界におけるジェンダー。服装から分かる。

⑦ウーマン・エグゼクティヴ・カウンシル(2017年)
⇒ 女性によって前に出される男性という構図、服の色が地味であることなどが男性社会の中で「良妻賢母」が女性のサバイブ術として浸透していることがうかがえる。

これらの指摘は、「糾弾」ではなく、私たちが無意識にやってしまっているものを可視化するものとして提示されました。
この手法は「視覚記号論(Visual Semiotics)」としてご紹介頂きましたが、今回の発表で初めて知りました。
IAT(潜在連合テスト)のようなものをイメージしていましたが、発表を聞いてそうしたバイアスの発見という趣旨とはまた違った手法だと分かりました。
マイクロアグレッションとも近いのかなと思っていましたが、重なるところはあるのでしょうが、この方法論自体はそれとも違うと感じました。
その映像を用いてしまった無意識を、映像の中にある意味から可視化し対象化して考える材料とするところに大きな魅力を感じました。

個人的には、各学校のHPやパンフレットの生徒写真からも視覚記号論的解釈が可能ではないか、という感想を持ちました。
私たちが無意識に使ってしまうものの中に、1人1人のキャリアや生き方を狭めてしまう可能性のあるものがあるのかも知れません。
「視覚記号論」を用いたワークショップのようなもので学びを深めたいと感じましたが、現状ではなかなかないようなので、板敷さんも交えて
研究・実践してみたいなぁと思いました。

「日本におけるジェンダー規範」については

□ 女性は常にマスキュリニティの中で存在している (これは男性も同じで男性でもそこに息苦しさを感じていることも多いように思います)
□ 男女二元的であることを強く保持
□ 女性は男性がOKを出す形で存在するのが最適解
□ 男らしさは特に伝統校(男子校・共学校)の体育関連行事で象徴されることが多い
□ 体力がある=男らしさ ⇒ 女性が男性と同じでは攻撃される

といった内容でした。男性が「育休」を取りづらい、男女を問わず親分的リーダーが求められてしまう、コミュニケーションを重視すること自体が
フェミニンと見られてしまう、など様々な場面で「男性姓の強さ」を感じることが多い日本社会ですが、この辺りの国際比較については、板敷さんの
Noteで詳しく論じられていますので、是非そちらをご覧下さい。

日本の組織文化について考えるために「ホフステードの文化次元論」の「男性性指数」(マスキュリニティ)をまとめてみた

文化資本、ハビトゥス:ピエール・ブルデューについても解説頂きましたが非常に興味深い内容でした。

□ 文化資本=個人が持つ文化的リソース
⇒ 家庭環境や教育の影響を通じて獲得される
□ ハビトゥス=獲得した習慣・慣習・価値観・態度
⇒ 無意識的なもの。文化資本を通じて形成される

「良妻賢母」は日本において、女性が教育を通じて獲得する文化資本であり、良妻賢母というその文化資本を通じて無意識に形成された個人の規範、ハビトゥスとして形成される
ということですから、学校に入る前に既に家庭内でも作られているということです。
女子の理系進学、保護者の男女平等度や性役割態度が影響という記事の中でも、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の横山広美教授を中心とする研究で、SESRA-Sのスコアが高い(男女平等で性役割態度の弱い)保護者ほど、理系・文系を問わず、どの分野であっても女子生徒の大学進学に肯定的である一方、スコアの低い(男女不平等で性役割態度の強い)保護者ほど、どの分野の進学にも否定的であることが明らかになっています。学校における教育とともに、家庭の教育についてもジェンダー課題の解決に向けてUpdateが必要だということを再確認しました。

日本の学校制服とジェンダー規範というテーマでは、ロラン・バルトの記号論「神話作用」の考えを用いて、学校制服にはどのような神話的意味があるのかを、歴史的背景から探った研究内容が紹介されました。意外なことに、板敷さんの説明は日本の男子制服の変遷から始まりました。日本の学校が男子の文脈でスタートしたこと、イギリス軍服型から始まる「エリート意識」と結びついていたこと、反骨精神型エリート校では私服であったこと、経済成熟後はビジネススーツ型になっていったことなど、これまでほとんど興味を持っていなかった分野でしたので、大変興味深くお話を伺いました。

日本の女子制服の変遷(神話的意味を探る)

□ 欧化と国粋:男性は洋服で西洋化し「公」、女性は日本を保持
□ スカート:背筋を伸ばして歩ける自由⇒当時の日本女子にとっては自由と上品の服装
□ スカート=西洋では抑圧の象徴
□ 国家のために働く誇りとモンペ
□ セーラー服・ジャンパースカート=上流の誇り
□ ブレザー、職業婦人、バスガール
□ ジェンダーレスという名のスラックス
⇒ 本当のジェンダーレスなのか?女性労働力の需要との関連からの考察・検証が必要

発表後に、女子教育研究会FENの顧問である吉野先生(元鴎友学園校長)から、現在の「セーラー服」が海外ではどう捉えられているのか?というご質問もありました。
韓国では日本統治の象徴、ヨーロッパでは日本アニメのコスプレの印象が強いというご回答がありました。この辺りも、「セーラー服=船乗りの服装」くらいしかイメージがなかったので
大変勉強になりました。Wikipediaで確認してみると板敷さんの回答通り、「セーラー服タイプの女子学生の制服は、コスプレ文化と共に”Sailor fuku”の名で世界中に広がっている」とあります。
普段自分の服装にも無頓着なのでお恥ずかしい限りですが、服装の持つ意味についてももう少し学んでおかなければと反省しました(笑)。スラックスについても、「選択肢が増えて良いのでは」
という位のことしか考えていませんでしたので。

日本女性の従属を継続させる「イエ」
□ 日本だけがジェンダー課題解決から取り残されるのは何故か?
⇒ 「イエ」=近代国家と家族の形成期に生み出されたイデオロギー
⇒ 集団維持のための自己犠牲は大きな美徳
⇒ 伝統的なエリート校は「イエ」を再生産している

この「イエ」についてのお話が個人的には最も考えさせられました。「イエ」に限らず、明治維新以降に「発明された伝統」は多くあると思います。
それを私たちは、「日本の伝統」と考え、長く続いているのだからそれなりの存在意義があるもののように錯覚してしまっている。

縦社会を作る「イエ」という規範意識が、Teacher中心からLearner中心に移行出来ない根源ではないか?という吉野先生からのご指摘もあり考えさせられました。
鴎友学園では、カウンセリングマインドを通して「イエ」的な価値観から脱却することを目指したそうです。

女子校でのリーダーシップ教育は縦ではないモデルが育ちやすいとされていますが、「女子校だから自然とそうなる」と考えていては環境のUpdateは難しいのではないかと改めて考えさせられました。
本研究会のメンバーである石井先生からも、「女子校では女子のリーダーシップが育ちやすい」と同時に、「良妻賢母イデオロギーは地雷のようにいろんなところにあると感じた」という発信がありました。
私たちは、性別を問わず、「生きづらさ」を感じる環境や価値観を再生産している可能性をしっかりと認識する必要があると思います。

別の観点からは、参加頂いた弁護士の方から、法的観点から考えると「目的と手段の相当性」という考え方があり、応援団に「力強さ」が必要なら、それは肯定されるべきではないか、手段そのものについての様々な可能性を考えられる場があることが大切という発信もありました。物事を単純化して「Xはジェンダーの観点から問題」とするのではなく、シチズンシップ教育の観点からも、大人が子ども達とともに考えている場としての学校が理想だと感じました。

その他、男女別学に勤務されている先生からは、「男子を前提とした学園・理念の中での別学での女子教育の難しさ」、フリーライターの方からは地域格差として女子の身体性を無視した制服が令和の今の時代でも変わっていない現状、参加してくれた共立女子の卒業生からは「看護やチーム医療の中にあるイエ的な関係性」、ハラスメント対策で研修をされている大学院准教授の先生からは「管理職の職場におけるコミュニケーションの課題」、研究会メンバーである伊藤先生からは「アットホームを良しとする家族的関係ではなく他人としての成熟した関係の構築とそのためのコミュニケーションの必要性」など、2時間半を超えても議論はつきませんでしたが、今回も貴重な学びの場となりました。ご参加頂きました皆様に心より感謝申し上げます。

次回は2月の予定です。女性研究者から見たウェルビーイングをテーマに開催する予定です。

 

 

 

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