今回の学習会では、明治大学政治経済学部倉地真太郎准教授にご登壇頂きました。
北欧の教育はその中身がよくメディアで取り上げられますが、教育を支える仕組みについてはあまり日本では発信がありません。
今回の学習会では、地方財政の仕組みを中心に大変貴重な学びの場を頂きました。
<内容>イベント告知文
デンマークは先進諸国の中でも最も公的教育支出の規模が大きく、また民主主義のモデルとしての学校教育が重視されていることが特徴的です。また国際的にみてジェンダー平等が進んでいる国だともいわれています。今回の講演会では、このようなデンマークの教育を実現する「制度」に注目します。どのようにして豊富な財源を調達するのか、どのようにして教員の給与待遇を確保するのか、どのようにして生徒・学校レベルでの民主主義を実現するのか。今回の講演会では現地訪問調査の成果も踏まえて、財政学の視点からデンマークの教育制度がどのように機能しているのか、理念だけでなくその仕組みづくりを論じます。国際比較の視点を通して、日本の女子教育への理解を深められればと思います。
講演は約50分でしたが、概要は以下の通りです。
・デンマークの教育制度について
・デンマークの地方財政制度について
・教員の給与待遇をどのように保障しているのか?
・中間団体・ネットワークの重要性
・多様な教育にニーズをどのように補足するか?
非常に専門的な内容もあり、私自身が勉強不足を痛感しながらお話をお伺いしたので、倉地先生のお話をまとめるのは今回は難しいです。
ただ、参加者からの質問、質疑応答が非常に活発で、そのやり取りを通して見えてきたものや学びの糸口だと感じられたものが多くありました。
今回はそれらを中心にまとめていきたいと思います。
Q1) 日本でよく発信される「教育から社会を変える」について、デンマークでは教育と社会の関係はどのように市民に考えられているのか?
倉地先生は、「社会と教育がシンクロしている」という表現でデンマークの特徴をお話下さいました。
まずは身近なところから、学校内でも生徒会では生徒が主体となってルールが変わるとか、幼稚園ですら、ルールについて幼児が関わるようなこともあるというお話を頂きました。
合意形成の機会が日常の中で常にあり、「政治」は自分達が関わり変わるものという意識や経験が蓄積されるという点で、まずシチ日本の学校との違いがあることを改めて認識することができました。ただ、学校というコミュニティで生徒主体にルール作り、といった話は最近の日本では特に珍しいということでもありませんので、デンマークのシチズンシップ教育の本質はもっと違うところにあることも確認できました。それは、「政治」を大人と子どもの共通の課題として考えているところだと感じます。
「デンマークでは政党の政策を教員も生徒も議論することが日常である」というお話が出ましたが、ここは現在の日本との大きな違いではないでしょうか?
デンマークでは学校内での「政治的中立性」が問われることはない。これはどういうことでしょうか?
ここには私たちがあまり意識していない日本とデンマークの違いがありました。
学校内で政治の話が日常的にできるデンマークの教育の背景として、比例代表制を土台とした政党政治であることにより、政治の問題が「誰を支持するか?」ではなく「どの政策が妥当なのか?」という話題になりやすいこと、国政と地方政治が完全に分離している環境にあるため、地方政治におけるテーマは「対人サービス」つまり「医療・介護・教育・保育」に限定されるためイデオロギーの問題になりにくいこと、それゆえ主権者教育における中立性などはあまり考えられていないということ、などを踏まえておく必要がある点を倉地先生は強調されていました。国政レベルになると「国の安全保障」「移民政策」などのような問題になりイデオロギーの話がどうしても出てますが、「生活に密着した政治」に関わることが北欧のシチズンシップ教育の中心であり、だからこそ機能しているのだという点を理解しておく必要があるということですね。だから、教員も「自分事」として自分の考えや具体的な政策を市民の責任として語るべき存在ということになるのでしょう。
ここが日本との大きな違いだと感じました。
日本では、「年金」「投資」といった話題を職員室でするだけで、「あの先生はお金の話ばかりしている」と同僚からあまりよい反応が返ってこないことも珍しくありません。そういう発言をする教員の政治的なリテラシーは、正直中学生以下だったりするのですが(笑)。
また、日本では、特定政党や政治家の支持を発信すると、「あの先生はネトウヨだ」「あの先生は左だ」と言われかねません。でも、これはそもそも北欧の学校内でも恐らくそんなに積極的発信が歓迎される訳ではないのかも知れませんね。思えば、私が小学生だった頃には、日教組が強く「教員=左」というのが日常でした。左がいけない、ということではありませんが、教員と生徒の力関係を考えると、洗脳に近いように感じたこともあります。なぜなら、思想の左右を問わず、「決めるのは大人だ」という点では差がなかったのですから。だから、介護・教育・保育などの政策が話題として語られることも、ましてや子ども達の意見を聞くといったことも、当時の先生からその発信や働きかけはほとんどなかったと記憶しています。現在では、教員も保護者も、「政治の話×子ども×学校=危険」という認識が強く、政治の話はタブー視され、結果として「私たち教員という世間の狭い大人」の政治音痴はかなり深刻化しているようにも思います。
「デンマークでは政治の話が教育でも盛ん、日本では政治の話が教育ではタブー」という粗い解像度で捉えてしまえば、日本におけるシチズンシップ教育は進まないのだということを理解しておく必要があると感じました。
生活に直結した諸課題について、政党の政策を比較検討するディスカッションの場があるデンマーク。日本なら?と考えると、そもそもそれぞれの政党の政策そのものを知る大人すら少ないように思えますので、やはり教育から社会を、ではなく、大人が子どもと一緒に考えるという北欧の姿から学ぶものが多いのだと感じました。また、「学生のジョブパトロール」によってブラックバイトなどが告発されるような動きがあることなどの具体例もご紹介頂きました。ブラックな環境で働く教員のニュースが日常化した日本でも、シチズンシップ教育が進めば、まず学校経営者や教育委員会・文科省が学生に告発されるような未来が来ルのかも知れません。そうなれば、日本のシチズンシップ教育も成熟したのだと言えるのではないでしょうか。
Q2) デンマークの教育への高い公的支出を支えている税金の高さについて、デンマークではどのように合意形成が実現しているのか?
デンマークでも1970年代初頭に大きな納税者の反乱があり、何十年間もの時間を掛けて合意形成が実現したという歴史的な見方をする必要がある、とのことでした。また、デンマークでは社会保険料が存在しない点が日本との大きな違いであることを踏まえておく必要があり、単純比較ができないこともご指摘頂きました。この点については、以下のページに倉地先生の解説があるので、是非学んでみると興味深いと思います。雇用形態と社会保障が密接に結びついている日本、企業が社会保障費を折半して負担する日本、これはそもそもデンマークとの比較に限らず、世界的に見ても日本の仕組みが異質なものである点を踏まえておく必要がありそうです。単純にどちらがよいということ以前に、その違いを認識しておかないと国民的な議論ができないように思います。
また、別の観点から、日本の地方自治の在り方の課題も挙げて下さいました。分かりやすい例では、「ふるさと納税」のように各自治体が競争を強いられるような構造になっており、デンマークのように複数の自治体が総体としての財源を調整し合うような仕組みとは大きく違う点が、財政の在り方として問題ではないかというご指摘でした。中間組織が弱体化していることで、地方行政に関わる現場の声が中央に届きにくいという構造的な問題もクリアに認識できたように思います。この点はデンマークだけではなく、ドイツの例も加えて日本の課題をご説明頂いたので、日本において都市部と地方の格差が生じる、または加速するのは制度の問題として認識せざるを得ないように感じます。
Q3) 日本でも最近リカレントやリスキリングが言われ始めたが、「経済大国日本復活」「日本企業復活」という文脈で語られることが多いように感じるが、北欧との違いはあるか?
まず、日本で行われてる研修やリスキリング・リカレントは「仕事に役に立つ」のかが疑問であるようなものも少なくない。デンマークは資格社会なので、どこでも共通して通用する資格を作っており、リスキリングもその資格取得を目指すものとして実用的である点が大きな違いであることをご説明下さいました。また、デンマークでは学びは自己責任で有休をとって行うものではなく、給与が支払われて保障されて行うものとしてある点も強調されました。そして、驚くべきことに、その費用は個々の企業が自分の従業員に限定して保障するのではなく、企業がお金を出し合ってプールして負担する仕組みになっているとのことです。フレキシキュリティについては、少しずつ学びを深めてきたつもりでしたが、この点は初耳で衝撃的でした。ここでも、デンマークのリスキリングは労働者の意識が高いから、ではなく、そういう学びが企業横断的に評価される仕組みがあるから機能している、という点について認識が深まりました。細部まで「構造→意識」を考えて作られたデンマーク型フレキシキュリティの完成度の高さに改めて大きなリスペクトを感じました。「教育→意識→構造」という日本の発想とは真逆です。倉地先生も、この合意形成が成功している背景については分からないところもある、としながらも、小国であるという事情から、国内の同一関連企業であっても、限られたパイを奪い合う競合相手ではなく、協力してグローバル市場に出て行くしかないという背景をご説明下さいました。これは、倉地先生が現地の多くの企業を回ってインタビューした結果、どこへ行ってもそういう話になるという貴重な調査の成果として感じられたことです。地方自治体が競争原理で予算を奪い合う、企業が人材育成も自社の利益という観点でしか考えない日本との違いは、そもそも巨大な内需を武器にビジネスができたという環境と、内需の取り合いでは成長などできない環境との違いが生み出したものなのかも知れません。また、社会保障も国ではなく企業に責任を負わせている点も両国の大きな違いである点を考えると、安易に日本の企業を批判するのも違うように思います。単純に北欧が日本より優れているとか成熟しているといった「北欧盲信」では北欧から学べないのだと言うことを改めて教えて頂きました。
Q4) 日本の学校では、学力調査・模試・進学実績などの競争が前提で教員の努力も評価される風潮がある。競争ではなく協調が優秀な人材育成を実現している。ここには、教員の評価についても共通の資格などによる評価が実現しているのではないかという仮説を考えたが、これについては正しいのでしょうか?
そもそも、デンマークでは、「違うものを比べても仕方が無い」という考えが強くある。日本では隣の自治体と比べて教育成果が上がっているのかといったことを口にする教育関係者は多いが、デンマークではそれがない。背景としては、地域で働き地域でずっと暮らす人が日本に比べて多い点があるのかも知れない。教員の評価の仕組みについては、今後の研究でもう少し調査をしていきたい、とのことでした。
Q5) フォルケホイスコーレのように、傍流の教育はどの程度デンマークでは一般的なのでしょうか?
0年生があるという特徴も含めて、デンマークでは大学を卒業するグループが働き始める年齢は30歳手前が一般的であり、GapYearのようなゆとりが制度の中に内在化されている。なので、フォルケホイスコーレに限らず、様々な学びの場を横断することが一般的になりやすい環境にある。故に新卒一斉採用などの慣習も企業にはない。ただ、大卒者がそれなりの年齢で技術職に就くようなリスキリングはデンマークでも簡単ではなく、苦労する人が多いことがしばしば話題になる点もご紹介下さいました。
Q6) デンマークでは女性も徴兵されるそうですが、どのような状況なのでしょうか?
元々デンマークでは女性の軍人の割合が高い(23年に訓練兵となった4700人のうち、4分の1は女性)。なので、ゼロから女性兵士が一気に増えている訳ではない。背景としてはウクライナ危機が大きく、防衛費についてもかなり歳出を増やしている状況。財源についても増やす必要があるので、休日に労働することで税収を増やすという動きもあるほど。右派左派も大連立となり、国防強化を目指した税収の増加政策も急遽始まった。国防強化を目的とした増税、危機対応を目指した政治的連立については国内でも意見は様々ある。また、女性の徴兵については北欧内ではデンマークが先行した訳ではない。そもそもジェンダー課題についてはデンマークは北欧内では遅れているという指摘が一般的なものとしてある。看護師がほぼ女性のみであること、配偶者控除を外したのも北欧では遅かったこと、子ども達の誕生日パーティーは男女別でやるなど、社会規範や制度・慣習・実情の中には他の北欧諸国から見ると「遅れている」と言えるものもある。また、オペアという制度の廃止についても現在デンマークではジェンダー平等を支える制度の危機として議論が白熱している、とのことです。「日本でも昔は女中さんや家政婦などが小説の中でも出てきたが最近はあまり話題にならないが、これはどういう変化なんだんろう?」という新たな疑問も参加者から出ました。外国のことを勉強することで、普段あまり意識していない国内の変化に気づくこともあるのかも知れません。新たな視点で変化を見ると色々な課題が分かるかも知れないという声も上がりました。
※この問題については、倉地先生のお話で初耳でしたので少し調べてみました。以下のサイトに詳細が説明されています。外国からの安い労働力が支える、女性のワークライフバランスはありか?デンマークで話題
Q7)観点別評価などというものが教育現場の重要課題になっているのが今の日本の状況だと認識しているが、デンマークにおける子ども達の評価はどうなっているのでしょうか?
デンマークでは9年生になるまで成績表というものがない。「学校における評価こそが、競争社会にでていく子ども達に必要」と考えている日本が国際競争の場で厳しい状況にあり、「学校においての評価を特に低年齢では行う必要はない、と考えていても高い国際競争力を評価されているデンマーク」という皮肉な図式について、まず参加者として考えさせられるお話でした。ただ、大学に入学する前にはそれなりのスクリーニングは存在している。もちろん、ドイツにおけるアビトゥーアなどのような生涯のキャリアに影響力を持つとされるようなものではない。また、アビトゥーアはそれほど大きな力を持つ試験でありながら、各学校の先生が作問しているというお話も頂き、これは別の意味で驚きでした。日本では、「共通テスト」に代表されるように、物差しの公平・公正が強く求められますが、厳しいドイツの試験ですら日本基準で見るとこの緩さ・・・。和風科挙って、やっぱり少し異常なのかも知れないと質疑応答を聞きながら考えさせられました。
Q8)デンマークの高流動の実態について教えて下さい。
デンマークでは平均6回は転職をする。また公務員も3年で3割が辞める。また、Job型が徹底しているので役割分担という意識が強い。メールにC.C.を入れることも嫌う傾向がある。つまり、「家族型経営」という日本とは大きく違うということですね。この点は日本の良さもあると思うので単純にどちらが優れているとは言えないのかも知れません。また、高流動といっても、Jobセンターが3割、組合が3割、残りが民間というように中間組織がセーフティネットとして重要な機能を果たしていることを見逃してはならないとのことです。組合の組織率が低下し、中間組織がボロボロになった日本は、この点では労働者にとって厳しい環境にあると言わざるを得ないですね。労使のバランスが元々歪んでいることを痛感せざるを得ませんでした。
Q9) デンマークの教員の女性比率についてはどうでしょうか?
女性教員の比率では日本と大きな差があるとは思えないですが、女性管理職については大きな差があるという印象。
本当に充実した時間でした。
私自身が倉地先生の大ファンで(というか、この研究会にお呼びする方々はほとんど私の大ファンの方ばかりだったりしますが)、楽しい時間を過ごさせて頂いたことに感謝しかありません。
倉地先生、ありがとうございました。