最近、「私立大学の53%が定員割れ」という数字を根拠に、「大学危機」「大学淘汰」を強調する記事をよく目にします。
例えば、こちらのような記事です。「私大の53%が定員割れ…『教職員上がりが経営そっちのけで権力闘争』18歳人口急減で“潰れる大学”の見分け方」
(本稿は特定の記事への反論を目的とするものではなく、公開統計をもとに数字の読み方を整理する試みです。)
もちろん、18歳人口減少が深刻であることは事実です。
1992年に約205万人いた18歳人口は、現在100万人程度まで減少し、今後も減少が予測されています。
大学、とりわけ地方私立大学を取り巻く環境が厳しくなっていることに異論はありません。
18歳人口の推移については、文部科学省資料が参考になります。
しかし、数字の読み方には注意が必要です。
■「53%が定員割れ」は事実。しかし、それだけでは実態は見えない
2025年度、私立大学594校のうち316校、つまり約53%が定員割れだったことは事実です。
一次資料(日本私立学校振興・共済事業団「令和7(2025)年度 私立大学・短期大学等入学志願動向」)への導線はこちら
ただし、ここで注意すべきなのは、
「定員割れ」の中身は大学によって差がある
ということです。
例えば、
・充足率99%
・充足率85%
・充足率50%
はすべて「定員割れ」です。しかし、99%と50%では経営への影響は全く異なります。つまり、「53%が定員割れ」という表現だけでは、大学経営の危険度は見えてきません。
■実際に“警戒水域”と言える大学はどれくらいか
大学経営では、固定費負担の観点から、実務上は充足率80%前後が一つの警戒ラインとして意識されることが少なくありません。
理由は単純です。大学は固定費産業だからです。
教員人件費、施設維持費、図書館、ICT環境、事務職員などは、学生が少し減っても急には減らせません。そのため、「学生が20%減っても、支出は20%減らない」という構造があります。
では、2025年度の実態はどうでしょうか。
日本私立学校振興・共済事業団の調査によれば、私立大学594校のうち、316校(53.2%)が定員割れでした。
さらに、そのうち
・充足率80%未満:141校(約24%)
・充足率50%未満:29校(約5%)
とされています。つまり、「53%が定員割れ」という数字だけでは、状況の深刻さは分かりません。
実際には、
・約4校に1校が80%未満の警戒水域
・約20校に1校が50%未満の深刻層
という分布です。
なお、残りの大学の内訳を単純計算すると、
・約47%は定員充足(100%以上)
・約30%は80〜99%程度の軽微な定員割れ
となりますが、これは公表値ではなく上記数値からの計算です。
これは、受ける印象がかなり違うのではないでしょうか。
■「定員割れ=赤字経営」でもない
さらに誤解されやすいのが、「定員割れ=赤字経営」というイメージです。
しかし、実際はそれほど単純ではありません。
【定員割れでも黒字の大学】
・医療系・看護系など授業料単価が高い
・附属校や病院収入がある
・内部留保が厚い
・人件費管理ができている
【定員充足でも苦しい大学】
・過大な施設投資
・人件費過多
・学部再編の失敗
などによって、100%を超えていても経営が苦しいケースがあります。
実際、私立大学法人543法人のうち、253法人(46.5%)が赤字という調査があります。
東京商工リサーチ「2024年『私立大学経営法人』の業績動向調査」
ただし、これは単年度赤字であり、「すぐ潰れる大学」を意味するものではありません。
■なぜ定員割れでも大学はすぐには潰れないのか――内部留保という論点
ここで、もう一つ見落とされがちな論点があります。
それは、
「内部留保(将来資金)」
です。
実は、多くの大学は内部留保があるため、数年間の定員割れや単年度赤字ですぐに経営が立ち行かなくなるわけではありません。
大学は、校舎更新、ICT整備、研究設備、耐震化など、長期的な支出を前提に運営されています。
そのため学校法人会計では、将来の施設更新や教育研究活動の継続のために資金を蓄積する仕組みが制度上認められています。
つまり、
「定員割れ=即危機」
ではない背景には、これまで積み上げられてきた財政的クッションがあります。
しかし、ここで別の問いも生まれます。
その留保は、どこまでが適正なのか?
私立大学の収入の多くは、学生・保護者が負担する学納金、そして税金を原資とする私学助成です。
もし長年にわたり大きな内部留保を積み上げていたなら、
「もっと教育環境や学生支援に使えたのではないか」
「学費負担を軽減できたのではないか」
という問いも当然生じます。
一方で、内部留保が十分でなければ、少子化局面で経営危機に耐えられず、教育の継続そのものが難しくなる可能性もあります。
つまり問題は、
「内部留保の有無」ではなく、「適正な水準」
だと言えるでしょう。
将来の教育や研究のVisionと結びつかない内部留保は、その正当性が問われるべきでしょう。
特に、将来への投資を過度に抑え、「財務の安全性」だけを優先する大学にも、長期的な競争力という別の課題があるように思います。
■本当に見るべき指標とは
もし大学の将来性を考えるなら、「定員割れ」という単一指標だけでは不十分です。
見るべきなのは、
・充足率の推移(単年ではなく数年)
・経常収支差額比率
・純資産の推移
・借入金の状況
・補助金依存率
・学部改組の成功可否
・教育水準や環境
・将来の教育や研究のVision
など、複数の指標です。
特に、入学定員厳格化から総定員管理へ向かった流れの中で、大学の定員コントロールは難しくなりました。そのため、単年度の充足率だけでは実態を見誤る可能性もあります。
例えば、
「充足率95%だが財務健全」
大学もあれば、
「充足率100%超でも経営悪化」
の大学もあります。
また、数値化できない「将来性」も無視できません。
大学の将来性は、「危機か安全か」の二択ではなく、財務、教育、改革、そして将来構想の総合評価で見るべきなのだと思います。
教育の議論だからこそ、刺激的な見出しに反応するのではなく、数字の“中身”を見る視点を持ちたいと思います。
危機を過小評価する必要はありません。しかし、危機を過大に演出する見出しにも、少し慎重でありたいものです。
大学選びも大学政策も、刺激的な見出しではなく、「数字の中身」と「大学の未来像」の両方を見る視点が求められているのではないでしょうか。


