2026年9月26日に実施した「第25回女子教育研究会FEN オンライン学習会 都市を脱出する女性のWell-being」の概要レポートです。
ご登壇いただいたのは、さとのわ 佐藤麻由美様です。
サンテレビ公式YouTube 「里山暮らし探究人・佐藤麻由美さん(ナレーター:森山未来)⚓KOBE LIFE #85🚢 https://youtu.be/AhnhqKnxs9M?si=yKabp7In5WiMwgBM
2026年9月26日に実施した「第25回女子教育研究会FEN オンライン学習会 都市を脱出する女性のWell-being」の概要レポートです。
ご登壇いただいたのは、さとのわ 佐藤麻由美様です。
サンテレビ公式YouTube 「里山暮らし探究人・佐藤麻由美さん(ナレーター:森山未来)⚓KOBE LIFE #85🚢 https://youtu.be/AhnhqKnxs9M?si=yKabp7In5WiMwgBM
目次
豊かなはずの都市空間で、私たちが依存している日常の土台がいかに脆いかを痛感した経験はないでしょうか。2011年の東日本大震災の際、東京のスーパーやコンビニエンスストアからは、瞬く間に食料や生活必需品が消え去りました。
買い物をしようにも棚は空っぽになり、物流が止まれば自力で生きていく術がない現実に多くの都市生活者が直面しました。私たちは普段、どれほど「完全な消費の世界」の上に立ち、自力で生み出す力を失っているのかを突きつけられた瞬間でした。
そんな都市生活の限界を体感し、東京から神戸の農村部へと身を寄せたのが佐藤麻由美氏です。消費者から自給自足を行う「生産者」へと足場を移した彼女の体験には、現代の都市生活者が囚われている常識を根本から覆すような深い洞察が満ちています。
東京での暮らしは一見すると便利で豊かに思えます。しかし、ひとたび非常事態が起きれば食料の調達すら困難になり、頼るべき情報や行政すら混乱する事態に陥ります。佐藤麻由美氏も非常時において既存の仕組みだけに頼ることの限界を痛感し、自ら食料を確保する生産者になる重要性に気づかされました。
「何に頼ることもできない、全ては自己責任なんだなというところに行き着いたのは、あのきっかけが大きかったんじゃないかなと思います」
彼女が移住先に選んだ神戸の農村地帯は、中心地である三ノ宮まで電車や車で30〜40分程度という、都市部に極めて近い田園地帯です。そこで自給自足の生活や農業を始めた佐藤麻由美氏は、身体的にも精神的にも劇的な変化を体験することになります。
かつて東京にいた頃は年中風邪を引いていた佐藤麻由美氏ですが、農村で自然に寄り添う暮らしを始めてからは全く風邪を引かなくなりました。さらに、真夏の炎天下でのハードな草刈り作業すら「楽しい」と感じるほど、心身ともに健やかな状態を取り戻したのです。
「生産者になった途端、時間の使い方も生活の質も変わっていった。3食食べなければいけないという固定観念もなくなり、自然に寄り添う暮らしになった」
農業から養蜂へと領域を広げた佐藤氏が強い衝撃を受けたのが、社会性昆虫であるミツバチの見事な役割分担と生き様です。メスのミツバチは羽化した後、掃除や片付けから働き始め、続いて育児やローヤルゼリーの分泌、食料の貯蔵、そして中年期には巣の番人へと役割を変えていきます。
興味深いことに、最も危険の伴う巣の外への飛翔や調達活動を担うのは、人生の最終段階を迎えた「高年期」のミツバチたちです。若者が犠牲になることの多かった人間社会の歴史とは対照的に、ミツバチ社会では命のリスクが高い外勤作業を年長者が引き受け、群れの未来と次世代を守っています。
「高年期になって外に飛び出した時に、次の世代のため、次の世代のためにと考えてミツバチが活動しているというところに、すごく感動しました」
また、ミツバチの群れは女王蜂による独裁政治で動いているわけではありません。産卵の状態が悪い女王蜂がいれば群れの合意によって政権交代が行われるなど、きわめて民主的かつ合理的なエコシステムによって「次世代の存続」が最優先されています。
小さなミツバチの存在は、決して遠い自然の出来事ではなく、私たちの毎日の食卓や経済に直結しています。驚くべきことに、FAOによれば、世界の食用作物の種類の約75%が何らかの形で受粉者に依存し、世界の作物生産量の約35%がミツバチを含む動物による受粉の影響を受けているのが実情です。
現在、一部地域ではミツバチ不足が深刻化しており、農業現場に大きな影を落としています。イチゴ農家では受粉用のミツバチが手に入らず、代わりに「Bフライ」と呼ばれるハエを2週間ごとに15,000円で購入して買い替えざるを得ず(価格は時期によって変動)、これがイチゴの生産コスト高騰を招く一因となっています。
日本の蜂蜜自給率はわずか6%に過ぎず、残りの94%を輸入に頼っている非常に脆い構造です。農薬の影響によって冬を越すハチの寿命が縮んでしまう被害や、都市化による蜜源の減少、地球温暖化がこの不足に拍車をかけています。
「ミツバチ不足になっているのは、やっぱり人間が、私たちがあまりにも知らなさすぎるからだという意識があるんです」
農村の維持や食料自給率の向上が叫ばれる一方で、現場には新規参入を阻む頑丈な制度的・慣習的な壁が存在します。農地法や農業委員会の規定により、十分な農作業実績のない者が農地を借りたり所有したりすることが許可されないこともあったようです。
参入には相当な修行時間や1,000万円規模の自己資金(を求められる事例もある)、後継者の有無などが厳しく審査され、意欲ある個人が弾かれてしまうケースもあるのではないか。また養蜂業界も、明治時代からの家業継承や男性中心の技術囲い込みにより、閉鎖的な特権階級のようになっている側面があるのでは、とお感じになった佐藤氏の体験談をお話いただきました。
佐藤氏自身も、神戸市で初となる養蜂での新規就農認定を受ける際には前例のなさから難航し、地域集落から「知らない人が来た」と警戒されて摩擦を経験しました。意欲ある新規就農者を排斥するこの古い仕組みが耕作放棄地を激増させ、一部地域では、巡り巡って海外資本による農地買収を許してしまうという、深刻な構造的皮肉を生み出しているという側面もあるのかも知れません。
「特権階級みたいになってしまっていて、自分たちの蜂蜜が売れなくなったら困ると(反対を受ける)。でも私の目的は自然環境保護なので、むしろ養蜂が多い方がいい」
地域の閉鎖性や後継者不足を乗り越えるため、佐藤氏は農地や地域に対する根本的な価値観の転換を提唱しています。土地を「先祖代々の所有物」と捉えてしまうと、血縁者による継承の重圧となり、継ぐ者がいなくなった途端に管理が行き詰まってしまいます。
しかし、土地や自然を「未来の子供たちからの預かり物」と再定義すれば、所有の概念を超えたオープンな思考が生まれます。血縁に関係なく誰もが関われるシェア畑などの共有資源として開放することで、地域全体で農地を守る持続可能な仕組みへと変えることができるのです。
「全ては未来の子孫からの預かり物であって、決して自分たちのものではない」
ミツバチが一頭一頭の個体の利益ではなく、群れや次の世代のために働くように、人間も「自分たちの代で何を使い切るか」ではなく「次世代に何を残せるか」を軸に行動することこそが、豊かな地域社会の維持につながります。
キャリア形成において「好きなことを仕事にしよう」とよく言われますが、佐藤氏の歩みは全く逆のものでした。元々はゴキブリも虫も大嫌いで、重度のハチアレルギーすら持っていた彼女ですが、目の前の課題に向き合う中で養蜂家への道を歩むことになります。
震災、ご家庭のご事情、子供の食の安全、困窮する子供たちへの支援など、直面した課題を一つずつ解き明かす中で、子ども食堂や養蜂、オルタナティブスクールの運営へと辿り着きました。最初から計画された進路ではなく、置かれた環境を面白がる姿勢こそが新たなキャリアを拓いたのです。
「何でも面白がってみる。その1つの出来事で嫌だと思うのか、面白いと思うのかで、見方は全然変わってくる」
都会には、先端技術やグローバル企業で高収入を得て一等地に暮らしながらも、「競争が終わらない」と疲弊し、高額な生活費や教育費の重圧から抜け出せない人々が存在します。高スペックな肩書を持ちながらも「別の場所へ移動する力」を見失った都市の労働者に対し、環境に合わせてしなやかに生き方を変えられるフットワークの軽さと順応性こそが、真の強さと幸福をもたらします。
都市の利便性に浸り切った生活は、私たちが本来持っている生きる力や自然とのつながりを覆い隠してしまうことがあります。「今だけ・金だけ・自分だけ」という短期的な消費行動の先に、未来の子供たちが生きられる豊かな社会はあるでしょうか。
日々の買い物で何を選ぶかという決断は、私たちがどのような未来を望むかという「投票」そのものです。固定化された思考の枠を飛び出し、足元の食や生き方の選択を見つめ直す時が来ています。
あなたが今日選ぶものは、未来の子供たちにどんな世界を残しますか?
佐藤氏の言葉は、都会での消費生活を当たり前だと考える私たち参加者の言葉に深く刺さりました。
佐藤氏は、笑顔で養蜂のお話をされながら、農業の現場や地域社会で実際に起こっていることを日々体感されたものとしてお話下さいました。
もちろん書籍やネットなどからも多くを学ばれていることと思いますが、それ以上に、ご自身の目で見て、手で触れ、肌で感じたことを、一つひとつ「生きた知識」として蓄積されている。
昨日は、そのこと自体から多くを学ばせていただいたように思います。
知識不足を指摘されたわけでも、何かを論破されたわけでもありません。
それでも、佐藤様のお話やお姿を通して、
「本当に『知る』ということは、こういうことなのだ」
と気づかされたことが、私にとって何より大きな学びでした。
私たちが生きている世界、認識している世界の外にも世界は存在している。
生まれ故郷の共同体から15歳で単身飛び出して上京した私ですが、いつの間にかムラ社会化した共同体の日常の中で認識を閉じてしまっていることも少なくありません。
ユートピアとしての、「ここではないどこか」を求めるのではなく、「今生きている世界や認識の枠の中の世界」の外側に出て本来の自分、身体性を持った人としての自分を感じて生きること。
これは、子ども達だけでなく、私たち大人にとっても大切なことなのだと考えさせられる楽しい時間でした。
この記事を書いた人
esn