女子教育研究会FEN 第10回オンラインイベント 「働く」ということとジェンダー  弁護士 岸本尚子様ご登壇

2023/10/14(土)の女子教育研究会FENのオンラインイベントでは、共立女子中学高等学校の卒業生でもある弁護士の岸本尚子様にご登壇頂きました。

岸本様は弁護士の視点、法律の観点から、日本社会における男女平等が歴史的にどのように実現に向かってきたのか、また諸外国に比べてなかなか進まない現状についてお話頂きました。講演後に参加者から、「是非女子校の必修科目としたい」という声があがるほど充実した内容で、私を含め女子教育の場にある1人1人が踏まえておかなければならない内容だと感じました。

【岸本様略歴】
2008年12月弁護士登録
2013/2015 出産
2016-2017 デューク大学 ロースクール客員研究員
2018年 第一東京弁護士会男女共同参画推進本部メンバー
2023年6月 日弁連業務改革委員会の助成会員の業務問題PTメンバー

【講演概要】赤字は鮫島によるコメント
1)雇用における男女不平等是正に関する過去の概観
2)現代社会における「働く」ということとジェンダー
3)社会問題をジェンダーの視点から考えるときの理論

【講演内容まとめ】
1)雇用における男女不平等是正に関する過去の概観
□ 労働基準法4条:賃金格差は禁止されているものの採用・配置・昇進・教育訓練の差別は含まれない
□ 慣行として存在した制度:結婚退職制・若年定年制・男女別賃金管理など
⇒ 1960年代頃~:S56.3.24 日産自動車事件
□ 1985年 男女雇用機会均等法 努力義務としての規制
⇒ なぜ努力義務として留まってしまったのか?
⇒ 役割分担価値観・勤続年数重視の制度・家庭重視の女性からの反発
□ 1997年 男女雇用機会均等法改正 強行規定
⇒ 女性のみ募集・採用における女性優遇も原則違法
□ 2006年改正:セクハラに関する措置義務
□ 2019年改正:マタハラの禁止

Point:「男女で違う取扱いが当然視」から徐々に男女平等の意識が強まる

日本社会のこの歩みについては、女子生徒・教員のみならず、全市民がきちんと踏まえておかなければならない内容だと強く感じました。
講演後、参加者からは女子校がスタートした1872(明治5)年当時の状況から振り返っても、前進はしているものの、当時から問題視されていたことが解決していないと感じざるを得ないといった感想も聞かれました。

2)現代社会における「働く」ということとジェンダー

□ 共働き世帯増加:女性は非正規雇用が多い。年齢とともに非正規雇用の増加。
俗に言う「M字カーブ」の時代から「L字カーブ」への変化。女性の就労率から男女平等の実現を主張するメディアの記事もありますが、雇用形態とそれに伴う社会保障の男女格差が解消されていない現実を

①労働時間 ⇒ 子育て世帯の帰宅時間は女性は早く女性は遅くなる傾向
      ⇒ 夫の労働時間が60時間を超えると女性の正規率は低下
(cf.)弁護士の長時間労働
一次資料から丁寧に資料をまとめて頂き、現状についての認識を正確に深めることが出来ました。
弁護士の長時間労働の話には驚きました。1週間の睡眠時間についてのお話もありましたが、やはりまだまだ日本ではブラックな働き方が横行していること、それが「リーンイン」「マスキュリニティを土台とした社会風土・文化」によって支えられていることを改めて感じました。夫の労働時間が60時間を超えると女性の正規比率が下がるという指摘は不勉強で知らなかったのですが、それが現在の日本社会における現実だと思うと、改めて「子育て世帯」における男性側の意識のUpdateの必要性や社会の変革が必要だと強く感じました。

②家庭における男女の役割
□ 妻の家事負担:共働き=妻は77.4%負担 専業主婦:84.0%負担
⇒ 家事育児の総量は外国と日本でそれほど変わらない
⇒ ポテトサラダ論争・冷凍餃子論争:手作り信仰
日本の男性の家事負担の軽さはよく話題になりますが、「育児・家事の総量」が外国と日本でそれほど変わらないことは驚きでした。父親の時短も育児への配慮として実現すべき大きな課題であることを再認識しました。
□ 妊娠・出産が与える影響の男女差
□ 男性の育児休暇 国家公務員34.0% 地方公務員19.5% 経団連会員40%? 民間企業13.97%
全体的に低いですが、会社の規模によって労働者に保障される権利が行使出来るかどうかが決まってしまう現状は日本の構造の問題として指摘されている通りですね。
国家公務員と地方公務員で差がある点も興味深く、地方における「規範意識」の強さがどの程度影響しているのかについては興味深いテーマになると思います。

□ 岸本様の個人的な感想・体験
*実務経験が不足することへの不安や劣等感
*家事分担における不平等感
岸本様は「個人の愚痴」と仰いましたが、貴重な体験談だと感じます。「課題」として認知されていないこともジェンダーについてはまだまだあるのだと思います。
「課題」を可視化するプロセスにおいて、個人から上がる声はエッセンシャルなものだと思います。「母親は家族の予定を確認しなければ私用や仕事は入れないが、父親はそれを無視して私用や仕事を入れることが出来る」という言葉は、ほとんどの父親にとって身に覚えのある、ドキリとさせられる指摘ではないでしょうか?会社が時間外や休日出勤を労働者に命じる場合でも男女を問わず配慮する社会になれば、そのあたりの意識も変わるのかも知れません。

□ 社会の意識
* 保育園・幼稚園・学校からの連絡は母親にばかり:無意識レベルで母親が育児と考えられている
* 2017年ムーニー ワンオペ育児CMで炎上
* 出産前 母親教室・両親教室はあるが父親教室は?
* 広島県尾道市 「先輩パパからあなたへ」炎上 2023.7
私の息子が通っている幼稚園でも、発信のほとんどが「母親」を想定しているケースがほとんどです。「古い社会規範」の再生産を無意識に行っている現状は、個人のマイクロアグレッションとの関連も含めて変えていくべき大きな課題だと感じました。また、講演会後、参加者より「自分の学校では育休・産休の努力義務レベルまで対応している。人員配置や学校運営で苦労することも多いが、それを見ている生徒に非常によい影響を与えている」という指摘もありました。大人の姿が子どもの意識を変える。「教育から社会を」「子どもから社会を」ではなく、今の社会を生きる大人が課題解決に努力する姿を見せることが社会を変えていくプロセスでは、まず重要である、ということを改めて確認しました。ご報告頂いた参加者の先生に感謝です。

□ 待機児童問題~待機児童数の減少
*2017年に待機児童数がピーク後減少(コロナの影響)
*学童の待機児童が増加
*祖父母を頼りに出来るか?
⇒ 出産年齢高齢化により祖父母も高齢化
⇒ 高齢者雇用の推進により祖父母も仕事がある
晩婚化、高年齢出産、高齢者雇用の推進により、祖父母を子育てのリソースとして期待出来ないという話は大いに注目されるべき点だと思います。
一世代前の子育ての常識が通用しなくなっているということですが、この点についての理解不足が現在の母親を追い詰めるケースもあるように感じました。

③賃金格差:77%前後
□ 2022年7月からの「賃金格差の公表」
*メルカリ:中途採用が以前の格差をそのまま反映してしまう
*弁護士業界:男性が女性の1.6倍 (法曹界の現状)
 男性が企業法務が多く女性が家事事件が多いので報酬は前者がどうしても多くなるという現状もある
□ 男女差別の実験:性別が履歴書からの人事採用にどの程度影響するか?(書籍よりご紹介)
流石「ジェンダー課題大国日本」なんだ、ということを再確認。ここに社会保障も全て紐付いてしまうことを考えると、正規・非正規の格差解消、高保障を土台にした高流動社会の実現は日本社会全体の生産性向上やイノベーション促進という観点からも急務の課題だと感じます。

④管理職・指導的立場にいる女性の割合
□ 企業における女性管理職の割合 日本は13.2% (諸外国は30%以上)
□ 意思決定機関に男性が多いと男性の価値観が強く反映される ⇒ 接待・会食文化
□ 司法における男女比 裁判官23.7% 検事25.8% 弁護士19.6% 
⇒ 最高裁「夫婦別姓に関する最高裁判決」 女性裁判官は違憲判断で一致だが全体では少数
□ 2030目標:達成される見込みは厳しい
□ 女性の権利と意思決定への参画
⇒女性にとって不利なことがまかり通っている。
学校現場ですら、女性の管理職は少ないという現状。これまで男の管理職が発揮していたリーダーシップが大きな課題を内包していたことを考えても、変えていくべき課題だと思います。それも、「リーンイン」した男社会での名誉男性ではなく、新しいリーダーが必要なのだと個人的には感じました。

<まとめ>
女性の方がキャリア形成は不利な状況である
⇒ 収入格差が存在・意思決定への関与もできていない

□ 個々人の女性の権利からの側面
□ 社会的な側面

3)社会問題をジェンダーの視点から考えるときの理論と議論

□ Formal Equality 形式的平等 機会の平等 (ステレオタイプの排除)
※ 男子会・女子会の存在は肯定すべきか?
男女を問わず、組織の中で疎外感を感じて生きづらさを生むような存在については、見直していくべきだと感じましたが、皆さんはいかがでしょうか?

□ Substantive Equality 実質的平等: Affirmative Action
※ ポジティヴアクションとその副作用

(鴎友学園元校長 吉野先生より補足:吉野先生の現代社会の授業資料より)
□ 1966年 住友セメント訴訟(東京地裁)【女性の結婚退職制】結婚の自由の制限は法の下の平等に反する性差別にあたるとして、民法の公序良俗違反に。その後、高裁で和解→男女雇用機会均等法(1985年成立)で禁止
□ 1975年 秋田相互銀行訴訟(秋田地裁)【男女の賃金差別】男女別の給与体系は、労働基準法違反に
□ 1981年 日産自動車訴訟(最高裁で確定)【男女別定年制】男性55歳、女性50歳など男女で差をつけることは公序良俗違反に→均等法で禁止
□ 2009年 兼松訴訟(最高裁で確定)【コース別雇用】事実上コースを性別で分け、「一般職」の男性と同等の仕事をする「事務職」の女性の賃金が低いのは労基法違反に
※ほかに野村証券、住友電工、住友化学などの裁判で最終的に和解

ご登壇頂きました岸本様、貴重な学びをどうもありがとうございました。
女子教育に関わる人間の1人として、「能力主義社会=公平」という前提から、「努力すれば何をやっても大丈夫。男女で差などない」と発信することが、大きな欺瞞であることを感じながらキャリア支援をしてきました。岸本様のお話をお伺いして、やはり日本社会は、まだまだ女性であるということだけで生きづらさを感じる場が多いように思います。品川女子の元教頭である石井先生からは28プロジェクトが将来を生きる強い指針になると発信がありました。「28歳で女性は大きな分岐点を迎える」これは、今の日本社会の現実だと思います。それを踏まえた上で将来のキャリア形成を考えるという営みは多くの女子にとって貴重な体験だと思います。「とにかく目の前の大学受験に向かって」「努力すれば男女で差などない」という発信はそれに比べれば私は罪が大きいと思います。でも、一方で「なぜ女性だけが28歳の分岐点を考える必要があるのか?」という疑問も生まれます。結婚して、子どもが出来て人生のステージが変わるのは、女性だけでしょうか?そんな訳ありません。男性の28プロジェクトが必要なのではないか?これからの社会では「結婚⇒子育て」という枠組みだって変わる可能性もある。中長期的な視点でキャリアを考えるというキャリア支援が、男女を問わず現場で行われることが必要だと感じます。もちろん、その前に、今の社会を創って生きている私たち大人が、社会を変える方向に向かう姿を見せなければならない、そう改めて強く感じる貴重な時間でした。

 

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